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綾乃の言葉を理解するのには少し時間がかかった。もちろん、いつできてもいいと思っていたけど。
「え?………え?」
「ん?」
「天使、きたの?」
「陽性だったから多分ね」
「……そう」
俺は驚きのあまり喜びをまっすぐ伝えられなかった。ただその代わり、綾乃の細い腰をぎゅっと抱き締める。
「……雅?」
「うん。嬉しい。嬉しいよ、綾乃。ありがとう」
俺はこの子を綾乃と同じぐらい愛して可愛がるだろう。望まれて生まれる子だ。俺と綾乃の天使なんだ。
「うん」
「俺、何もできないけど、傍にいるから」
「……十分よ」
「でも、俺も綾乃を独り占めしたいときはあるから、ちょっとは俺のことも気遣って」
「甘えん坊なパパね」
「パパはママにしか甘えないからいいんだよ」
綾乃の手が俺の頭を撫でながら「仕方がないわね」と伝えてくる。言葉がなくても、感じるには十分。俺の複雑な心を掬うように、綾乃は何も言わずにただ、俺の頭を撫で続けてくれた。
*****
「妊娠7週ですね。予定日は」
翌日、仕事終わりに産婦人科へ綾乃と二人で向かった。ついこの間、この病院で玲ちゃんが出産したばかりだ。
医師・助産師等含めたスタッフがとても丁寧でホスピタリティに溢れていると教えてもらった。もちろん女性スタッフばかりで、おまけにどの病室も個室。とても安心している。
「6月30日です。おめでとうございます」
俺と綾乃は揃って頭を下げた。
ひとまずは「よかったね」という気持ちでいっぱいだった。
その後今後の検診スケジュールを確認。母子手帳は明日仕事に行く前に立ち寄ることにした。
「うーん。G.W前ぐらいかしら」
「そうだな」
「さすがに決算は済まさないとねえ」
その夜、まだ安定期には入っていないものの、まずは梓に連絡した。
安定期になれば改めて必要なところには先に伝えておく必要はある。
「梓、なんて?」
「おめでとう。無理しないようにって」
「それだけ?」
「うん。いつでも休めるように早めに引き継ぎできるよう人事も考えるって」
梓は玲ちゃんが辛そうにしていたことや、出産は本当に命懸けであることを身をもって知ったせいか、とても柔軟に対応してくれるらしい。
「雅も育休取るなら取っていいって。その代わり、まるまる休めるのは一ヶ月ほど、あとはオンラインやら必要な時は出社してくれればいいって」
「すげー、梓」
「きっと九条くんが今そうやってるんでしょうね」
梓は育休だと言ってはいるが、電話には出るしチャットも返ってくる。必要な会議にはでるし、必要な書類には目を通してくれている。
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