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ドキドキと心臓がうるさいほど鳴り響いた。綾乃に聞こえているんじゃないかと思うほどバクバクしている。
そんな俺の緊張をないもののように、綾乃は冷静に手のひらに乗せた指輪を渡してきた。
「……ちょっと、これ持って」
「え?あ、うん」
え?と思ったけど「はい」と差し出された受け取るしかない。これはもしかして「ごめんなさい」ということなんだろうか、と一瞬絶望的な未来を想像した。
だけど綾乃は代わりに花束を受け取る。
「この花はなに?」と聞かれたのでひとつひとつ答えた。
花束を作る時どの花をいれようか悩んだ。
悩んで全部いれた。当初まとまりがなかったけれど、花束を作ってくれた方のセンスが抜群だったのでとても綺麗に仕上げてくれている。
どの花も花言葉にこだわり選んだものだ。
綾乃との未来を約束する花なんだ。
それぐらいして当然だと思ってたけど、まさかあまり興味なさそうに「ふーん」と言われるとは思わなかった。だけどその瞳には涙が溢れている。「ふ、」と笑った顔が嬉しそうで、ようやくここで確信が持てた。
「結構緊張したんだけど、綾乃が綾乃過ぎて色んな意味で吹っ飛んだよ」
「どういう意味よ」
「まさか、指輪を“持ってて”と言われるとは思わなかった」
右腕に抱いた花束に添えられた彼女の左手を持ち上げる。今しがた預かったばかりの指輪を薬指に通した。スムーズにはめられたことにホッとしてその指にキスをする。
見上げれば綾乃は照れを隠すように唇を丸めた。瞳はうるうると潤み涙を量産する。恥ずかしそうに僅かに伏せたまつ毛が上がり、何かを窺うような視線が俺に問いかけた。
「愛してるよ、綾乃。……“木下綾乃”として、俺と生涯を共にしてください」
答えは「はい」しかいらなかった。
少し照れくさそうに「はい」と返事があればよかった。ただその一言が聞きたかった。
それなのに、綾乃はやっぱり綾乃で。
その答えをくれたのは数時間後の風呂の中でのことだった。
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