世界でいちばん

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 「それどこから持ってきたの」  「あっちー♪」  綾乃の視線が若干まだ怖いまま、勝手に乗ってきた展示品をもとに戻しにいく。当の本人は人にキックボードを持たせると綾乃と手を繋いで前を歩いていた。  俺は娘にとってただのATMらしい。  この間までいつもくっついてきたのに。  そんな娘の後ろを歩きながら胸元で眠っている伊織に癒しを求めた。口の端から涎を垂らして首を傾けて寝ている。一歳二ヶ月、約10kg。まあまあな筋トレだ。  「ここ!」    キックボードを元の場所に戻しに行けばたまたま近くに店員さんがいた。「すみません」と平謝りで元の場所に戻す。  「パパ!」  「はいはい」  綾乃の手を握っていた小さな手が俺の手の中に入ってきた。「買ってくれるよね?約束したよね?」というおねだりの視線に苦笑しながらその店員さんに「同じものはありますか?」と訊ねた。  「少々お待ちください」  待ちながら「咲茉は?」と沙菜に訊ねる。  沙菜は「しらない」と首を横に振った。  「こちらでお間違いないでしょうか」  箱には実物よりかっこいい写真が印刷されていた。沙菜は「はい!おまちがいないです!」と嬉しそうに両手で受け取る。  「よろしければカウンターでお預かりしますが」  「沙菜持っててもらおう」  「えーーー」  嬉しいばかりのせいで沙菜は自分で持っておきたいらしい。大きな箱を抱きしめている。  「パパとママは咲茉を探しにいくからここで」  「さなもいく!」  沙菜は店員さんに「おねがいします」と受け取った箱をそのまま返した。  「咲茉どこかなー」  「ピアノはどこかな」  「楽器ってあるの?」  沙菜は俺と綾乃の手を繋ぎながら「えまぁー」と呼ぶ。声はあまり大きくないが、彼女の声はよく通るため、よく聴こえた。  「あ、いた!」  咲茉はおもちゃのキーボードの前に立っていた。沢山並んでいるキーボードを眺めている。  「咲茉」  呼ばれた娘はハッとするとこちらを向いて駆け寄ってきた。「お姉ちゃんだけずるい!」と言わんばかりに綾乃の手を取る。 (パパ寂しいなー)  「咲茉、何買うか決まった?」  綾乃が訊ねた。  咲茉は「うん」と頷くと綾乃の手をぐいぐい引いていく。何かを察してくれたのか、沙菜は綾乃の手を離して俺の手を繋ぎながら「えまなにかってもらうのかなあ」と手をぶらぶらさせた。(父の心はほっこり)  沙菜の心  えまのおもちゃはさなのおもちゃ。さなのおもちゃはときどきかしてあげてもいい。(さな、やさしいから)ドヤ  
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