世界でいちばん

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 ここの店はある商業施設の一角にある。そのため、他にもいろんな店が入っており大人から子供まで楽しめるように工夫されていた。  「咲茉?」  「あっち」  咲茉はト●ザらスの敷地内から出ると迷う事なく突き進む。  その視線の先にある、このフロアの一番奥にあるテナントを見て綾乃は後ろを振り返った。  「ねえ」  「うん」  咲茉が向かった先は楽器店だった。  ギター、トランペット、ドラムまである。  もちろんお目当てのピアノも。  「これ」  咲茉は店の目立つところにあるアップライトピアノを指差した。それは誰でも弾いてもいいように開放されており、今ちょうど高校生ぐらいの男の子が何かの曲を弾いている。  (本気(ほんき)か)  咲茉はとても真剣に彼の様子を見ていた。  キーボード、いや、電子ピアノで十分なんて言ってた俺たちは咲茉のその表情にどこか諦めに似た感情が沸く。  「あのね、えま、ちょっとだけひけるの!」  ひいていい?と高校生の男の子が演奏を終えると小さな手をパチパチと鳴らしながら綾乃に訊ねた。  「誰におしえてもらったの?」  「るりちゃんのぱぱ!あと、ようちえんのせんせい」  「そう、よかったね」  「うん!」  咲茉にはまだまだ高い椅子だった。俺はその椅子に座ろうとする咲茉を手伝う。足をぶらぶらさせる咲茉を見て、さっきの学生が椅子の下げ方を教えてくれた。  「おにいちゃん、ありがとう」  「こちらこそ、はくしゅありがとうございました」  「じょーずだった!えまもいっぱいひきたい!」  咲茉は目を輝かせながらその彼に詰め寄った。彼はちょっと驚きながらもすぐに優しい笑みを向ける。  「たくさん練習すれば弾けるようになるよ」  「ほんと?」  「うん」  「あ、ちょっと待っててください」  彼は俺と綾乃にそう言うとどこかに行き戻ってきたときには一枚の資料を持っていた。  「これ、よかったら」  「ピアノ教室?」  「はい、対象年齢が3歳からなので」  「えま、よんさい!もうすぐごさい!」  「だったら大丈夫ですね」  ご都合がつけば、と彼はそう言って店から出て行った。咲茉はその彼を見送ると椅子に座り、片手で、たどたどしい手つきで覚えたばかりの「ジングル・ベル」を弾いた。  「じょうずね!」  「うん、咲茉じょうずだったよ」  音の強弱はなく常に一定だった。  途中間違えたりしたけれど、それでも咲茉は楽しそうだった。  「さなもひける!かえるのうた!」  「えまも!おねえちゃんいっしょにひこう!」  そのあとは店内でクリスマスソングが流れる中、蛙がひっくり返りそうな『かえるの歌』が娘たちによってなんども繰り返し演奏されたのだった。      
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