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「寝た?」
「うん」
ふぁあ、とあくびをしながら伊織の寝顔を見てベッドに潜り込んだ。伊織だけは同じ寝室にベビーベッドを置いているが、沙菜と咲茉は二人同室で一緒に寝ている。寝室に入る前に一応娘達の様子も確認したが、夕方はしゃぎすぎたせいでぐっすりだろう。
「まさか雪合戦とはね」
「おかげで近いうちに雪山だ」
椿と環が『雪を持って帰りたい』とねだった為九条夫妻は宿泊先で発泡スチロールの箱をもらい雪を積めて持って帰ってきた。その雪を香月家でお披露目し、子どもたちは手を真っ赤にしながら雪合戦を楽しんだ。
だけど環が『今度はみんなで(スキーに)行きたい!』と言い出し、沙菜がぴょんぴょん跳ねながら『行きたいー!』と連呼し、怜空は『ちゅんも一緒に!』と大盛り上がりしたところで撤収。
その後三家族のグループラインでどうしようか、と話が始まった。これからクリスマス、年末、お正月とイベントが盛り上がり、仕事は繁忙期を迎える。ぶっちゃけると「今季は無理」状態だ。
「懐かしいわね。修学旅行で北海道行って」
「綾乃が俺よりうまかったやつね」
「多分沙菜の方が上手よ」
「沙菜はなぁー。色んな意味で凄いな」
ひんやりした毛布に彼女のぬくもりが伝わってくる。もう付き合っていた当時ほど身体を重ねることはないけれど、それでも手を繋いだりキスしたりはするものだ。
「そういえばさ。今朝昔の夢見たんだ」
「昔って?」
「付き合い始めたときのこと。あのマンションで、初めて綾乃の誕生日を恋人として過ごした日のこと」
ちまちまと作ったお菓子をうまそうに食べる綾乃の隣で緊張でまったく映画の内容が入ってこなかった、なんて綾乃は知らないだろう。
「一世一代の大勝負なのに、答えもらえなくて」
「ち、ちがうわよ!嬉しかったのよ?本当よ??」
綾乃はその時のことを思い出したのか今もまたあたふたとしている。
「知ってるよ。でも欲言うとさ、『はい』でいーじゃん!って思ったわけよ。おまけになかなか婚姻届にサインもらえないしさ」
「だ、だって」
「わかってるよ。それに良い思い出」
綾乃が申し訳なさそうに俺の手に触れてきた。「あのときはごめんね?でも悪気はなかったのよ」とあの時より幾分年を重ねた表情が物語っている。
「おかげでこんなに幸せだ」
触れてきた綾乃の手をぎゅっと握りしめて身体の向きをころりと変えた。空いた手で彼女の肩を抱く。
「綾乃のおかげ」
「……それを言うなら、私だって」
綾乃のおかげで毎日が楽しかった。時々喧嘩もしたけれど、可愛い子どもたちに出逢えたのも、子どもたちの願いに頭を悩ませられるのも、綾乃のおかげ。
「あいしてるよ。これからもよろしく」
「…うん。ってどうしたの?急に」
「……本当に綾乃はいくつになっても綾乃だよね」
沙菜の彼氏が報われないなー、なんて考えて思わず頭の隅に追いやった。『いや、まだずっと先。少なくとも二十年は』と思い直す。
「ほめてないでしょ?」
「ほめてるよ」
綾乃はずっとこのままの綾乃でいてほしい。
そしていつか、俺みたいな物好きな男が沙菜や咲茉を攫っていくんだろう。
その時は笑って送り出せるだろうか。
きっと綾乃に笑われながら渋々送りだすのだろう。
寂しさはある。でも、綾乃とふたりだけの生活もまた楽しみにしている自分もいる。
「ちょっと変で可愛い綾乃が好きだよ」
この先もどうか彼女と年を重ねていけますように。今よりもっと皺が増えて、物覚えが悪くなってもきっと、彼女との思い出だけはずっと忘れないから。
end.
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