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沙菜はむくれていた。
なぜなら父がバンビ園に連れてってくれないからだ。
バンビ園とはAD-Free +に併設された社員が使える託児所だった。
基本的にある年齢に差し掛かれば幼稚園や保育所に行くことを推奨しているが、保育所が決まらなかったり、預ける先がない場合のために雅が主導して作った福利厚生だ。
事業の売上で税金として取られるなら、と社員たちの意見も募り同じビルの中に併設した。1歳から3歳までの子どもが多く、中には幼稚園が終わった後の夕方だけ仕事が終わるまで預けている社員もいる。
利用する社員からは一応月額数千円の施設料を徴収するが、殆どは会社の福利厚生費として賄っているので、延長保育料などに比べると断然安く、また同じ建物内にいるため、迎えの心配もいらないといういろんな利点もあり重宝されていた。
そんなバンビ園の常勤メンバーが何を隠そう沙菜だった。
朝は父か母と出勤し、みんなにチヤホヤされバンビ園で遊ぶ。
昼休憩は他の子の両親や先生と食事をし、美味しいおやつもお昼寝もしてしっかり遊んで父か母と一緒に帰宅するのだ。
初めこそ自宅にいた時のようにお姫様扱いを求めて癇癪を起こしたり迷惑をかけた沙菜も自分より下が入ってくると先輩ぶるようになり、今は面倒見のよいお姉ちゃんだ。
先生からも褒められ頼りにされてさらに気をよくしていた沙菜だが、綾乃が産休に入ったこともあり、また師走のこの時期雅の接待や会食が続くことがあり、なかなかバンビ園に行けなかった。
「ぱぱ、しゃなもいく!」
「沙菜は今日はお留守番」
「いやっ」
「パパは今日も夜が遅いんだ。だから沙菜ひとりぼっちになっちゃうよ」
託児所は原則午後七時までだ。これは会社の営業時間と同じにしている。
子どもを預ける場合は原則残業禁止にしており、雇用している保育士にも遅くとも午後七時半には会社を出るように伝えていた。
「いやー」
「雅行って」
「うん。沙菜、また今度ね」
「うわーーーーんっ」
おてんばで活動的な娘に雅は苦笑しながらいそいそと玄関に向かう。
身重の綾乃に沙菜を任せるのは正直申し訳なさもあるが、それでも今月は雅も沙菜をバンビ園に連れて行くのは厳しい。迎えだけ綾乃にお願いする手は無きにしもあらずだが無茶なことはさせたくなかった。予定日は二月。実質二ヶ月ある。綾乃は早めに里帰りし、新年をゆっくり過ごす予定で沙菜も一緒につれて帰る。それまでは毎日こんな感じかも、と遠い目をしてしまうのは仕方なかった。
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