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「待てぇ~」
「うふふっ! あははっ!」
己の世界に入り込んだバカップルがキラキラと朝市の中を駆けていく‥‥‥。
「あらあらこわい顔、まさか羨ましいとか?」
「う、うるさいな」
「お買い物を済ませたら一緒に自分磨きしましょ。あんなチャラ男に大切な時間を割く女、どうせ大した人生送らないわ」
「姉さんはこれ以上どこを磨くのさ」
嫌味ではなく、すれ違う誰もが振り返る姉の美貌に、もはや磨くところを見つける方が難しい。
「相変わらずお馬鹿ねぇ。女はその気になれば誰でも一生美しくなれるの。
ましてや私みたいに恵まれた者は、尚更磨かなきゃバチがあたるってものでしょう? あなた私に似ているんだから、怠けなきゃこの国第二の美女くらいには」
強いて言うならこの口かな。
「ところでレーネ」
姉が声を潜める。
「昨日、とうとうC国がおかしくなったらしいわ」
「うそっ!」
「おじい様が言っていたから間違いないと思う。急に国民の一部が凶暴化して人を襲ったんですって。襲われた人も凶暴化して生き残っている国民はもうわずかだそうよ」
信じられなかった。
「あんなに大人しい王でも、『変化』には耐えられなかったのね」
あの国ほど平穏無事が約束された所はない。そう周り中から羨ましがられていたC国が……。
「ぎゃぁぁぁぁ――っ!」
な、何!?
私達のすぐ脇を、いつもは威張る町長が逃げていく。
まさかっ!
私達だけじゃない。そこにいた人からいっせいに血の気が引いた。
目の前にある分不相応な町長の豪邸に、
巨大なイノシシ? クマ? ヘビ? トラ? ワニ? でもカニでもないっ!
それら全てを合わせたようなものすごく気持ち悪い化け物が居る。
またかよっ!?
そうとうあいつに嫌われているのか、わけのわからないモノが出現するのはたいてい町長の屋敷の辺り。
私と姉は頷きあって走り出す。
こういう時、私達は皆あの場所に向かうのだ。
絶対に安全な万能の研究所。おじい様のところへ。
「セルヴォー博士――っ!」
「ほいほいっと!」
返事の代わりに一人の爺様が慣れた手つきでボタンを押す。
化け物は仕掛けられた落とし穴にずどーんと嵌まり、頑丈な檻の中に落ちた。
「麻酔じゃ――っ」
「はいっ!」
「切り離し手術は痛くないようにな。イノシシは森。クマは山。ワニとヘビは別々の池。大ガニは海。慌てず、くれぐれも間違えんよう帰してやりなさい。あ、トラは飼うからの」
「え」
ブレイン・セルヴォー。
彼は事実上この国の民の指導者であり、私達の祖父だった。
「またキメラか。あやつも懲りんのぅ」
「いつまでこの襲撃は続くんでしょう」
助手のAが聞く。
「決まっとる。王が目を覚まし、このような行いを悔いるまでじゃ。大丈夫じゃよ。わしらの王はそう悪い奴じゃない。現に死者は一人も」
「これから出るかもしれないじゃないですかっ!」
助手のBがヒステリックに叫ぶ。
「この前は走るホオジロと通常の倍もあるティラノを送り込んで来たんですよ!?
あれほど穏やかだったC国だって、狂った女王のせいで民衆が激減した。
だとしたら、我々の国なんてすぐに」
言っちゃったよこの人。
「セルヴォー博士! それは本当なのですかっ?」
「なんてこと、あの温厚なC国の女王まで」
「やはり滅びの時は近いのか」
案の定みんなパニックだ。
「落ち着きなさい」
こんな時、姉の美貌と上から口調は頼もしい。
「C国は今まで何も起こらなすぎたのよ。私達の王は、とにかくいつもこうやって小さな事件を起こしてる」
いや、これって小さいの?
「だからきっと彼は、「変化」のストレスを小出しにしているの。私達の国は、絶対にC国のように大きな変化は起こらないわ」
人々はようやく静かになった。
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