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ここは習字教室か
「って何で私が墨を磨ってるんですか」
「墨磨らんと字ぃ書かれへんし。あぁ、もっと丁寧に。硯の陸でこう墨がねっとりするまで、香りが立つまでや」
はぁ、そうですかと。私は生返事をした。
先生が字を書いてやるから手伝えと、言ってきて仕方なく私は墨を磨っていたのだった。
先生はと言うとゆるゆると机の周りを整えていた。
自分で磨ればいいのに。
むしろ墨汁を使えばいいのに。
こんな事をしている場合ではないのに。
なんて意味のない仕事。
私は力任せに墨を磨った。
「姉ちゃん。こんな作業に意味ないとか思ってるやろ」
どきりとした。
私はいえ別に、と小さく返事した。
机の上で気怠そうにこちらを見てくる先生。
その長い指先がトントンと、私のメモを差していた。
「姉ちゃんの字ぃ見たらわかるで。姉ちゃんの筆跡は真面目や。けど強情やな。で、この下の字は、ゆるふわってヤツやな。でも柔軟で芯はしっかりしてる」
筆跡鑑定か筆跡占いと言うやつか。
そのメモは上は私が書いた字。
下は湊が書いた字があった。
ちょっと当たっていると思った。
「そんな事までわかるんですね」
「まぁ。色んな人の字見てきたしな。姉ちゃんがイライラしているのもわかるで。墨が出来上がるまでちょっとお話ししよか」
ちょっと。
既に仕事を抜けていい時間はとっくに過ぎていた。
いつもなら鳴り響く社内スマホは私を呼び出す音さえしなかった。
まぁ、いいかと思って私は大雑把に話し始めた。
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