57人が本棚に入れています
本棚に追加
雑談を終えて私は本題を話した。
「そりゃ、元彼が別れて半年でブライダルギフト買いに来たらイライラもしますよ。何もめでたくない。貴重な20代の時間を3年も無駄にしました。返せって、なるのが普通じゃないですか?」
「ふーん。なんや別れた事に未練あるんか」
「ないです。ただ私がこんなに忙しいのに周りは幸せオーラ出まくりでムカつくと言うか。リア充爆発しろというか」
ゴリゴリと私の墨を磨るスピードが上がる。
「他人の幸せが恨めしいってヤツやな。自分は彼氏に逃げられ、仕事で忙しく、潤いもなく枯れ果てていくのが堪らんってわけやな」
そこまで言ってませんが。
言い返そうと思った瞬間に先生はそのやたらと綺麗な指先を口元に持ってきてニヤリと笑いながら。
「ほな、僕がこの元彼を呪ってやろか?」
「え」
「文字には力がある。名前なんがええ例やな。その名づけられた文字の力が人に多々及ぶ事がある。ふふ。そして熨斗。これは強力な呪い紙の役割にもなる」
思わず手を止める私。
妖しく笑う先生。
「内祝いなんて『内を呪う』っていうふうにも書けるやろ」
確かに口偏と示偏の違いだけだが。
「仕事を頑張ってる立派な彼女を見捨てて一人幸せになった元彼を恨んでも別に誰も文句は言わんやろ。それに他人の不幸は蜜の味やろ?」
いつの間にか先生は私の耳元で妖しく囁いた。
──そうやって重い気持ち込めて墨を磨って、文字を書けば相手に呪いがのしかかるんや。さ、やってみよか──。
先生はさらに私の墨を磨っていた手を握ってきた。
よく見ると私が磨った墨は何だかどろりとしていて、艶がないタールの塊みたいで。
そのまま黒く重い気持ちが私から溢れた出したように思えた。
最初のコメントを投稿しよう!