空色のスカート

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 私は、私が嫌いです。  醜い見た目が嫌いです。  重苦しい雰囲気が嫌いです。  ネガティブな思考が嫌いです。  何をやっても駄目な所が嫌いです。  私は、私が嫌いです。  嫌いです。嫌いです。大嫌いです。  本当に、本当に、大嫌いなんです。  それは、ミスをして課長に散々怒鳴られ、ただ謝るしかできなくて、手間取って残業して…心身共にくたくたになって帰った、ある日の事でした。 「…………あれ?」  見覚えの無い道、見覚えの無い建物…どうやら迷ってしまったみたいです。  ここは…どこでしょう…?  …兎にも角にも、とにかく歩いて、コンビニがあったらそこに入って、ここがどこなのか聞かなきゃ…。  深い溜め息を吐いて、私は歩き出しました。  …それから、十分ぐらい歩いた頃でしょうか?  少し先にぽつんと、ぼんやりとした明かりの灯る、小さなお店を見つけました。  こじんまりとしたそのお店の名前は『薄雪骨董品店』…どうやら骨董品屋さんの様です。  正直な所、見ず知らずのお店に入るのは抵抗がありますが…このままでは明日の仕事に支障が出てしまいます。  幸い扉には営業中の札が掛かっていたので、びくびくおどおどと中に入ると、目に入ったのはお皿に貴金属、掛け軸、壺、キーホルダー、楽器…あれは…鎧でしょうか?なんでも扱っている様です。  …あそこにある日本刀、大量のお札が貼られているのですが…あれはここにあって大丈夫なのでしょうか…?  …と、その中に、異様…とまではいきませんが、他とは違う雰囲気の物がありました。  見た目は極々ありきたりな…普通のお店で売っていたら、一瞥して、余程欲しく無ければ通り過ぎてしまいそうな…そんな、空色のロングスカート。  …けれどその空色が、お店の雰囲気から浮いているからでしょうか?なんだか、不思議な魅力を放っていて。 「…それ、興味あるの?」 「ひっ!?」  背後から突然声を掛けられ、思わず悲鳴を上げてしまいました。  営業中ですから、店員さんがいる事は想像できた筈です。  それができないぐらい…思いもしないぐらい、私は、スカートに見入ってしまっていた様でした。 「そんなに驚かなくても良いでしょうに…」  聞こえた声は幼く…けれどその口調は、年齢にそぐわない物で。  声のした方に振り向くと、そこにいたのは、見た目だけで言えば、多分小学校中学年ぐらいの…真っ白な髪に深紅と蒼のオッドアイ、真っ黒なゴシックロリータの服を着た…不思議な雰囲気の女の子でした。 「それで?今は閉店しているのだけれど…何か御用かしら?」 「えっ、いやっ、そのっ、表の看板っ、営業中になっていてっ、道を聞きたくてっ!」  …やっぱり、駄目でした。  私の嫌いな所が…人と目を合わせて喋る事ができない癖が、出てしまって。  …こんな小さな女の子が相手でも、私は…駄目なのですね…。 「営業中?そんな筈は…」  酷く消沈する私をよそに、女の子はてくてくと扉に歩み寄ると、扉の外側に掛かっていた看板を確認して、 「…桃…また看板を直さずに帰ったわね…?」  そんな言葉と深い溜め息を漏らしていました。…どうやら本来は営業中では無い様です。 「あのっ、場所を聞いたらすぐに帰りますのでっ!」 「気にしなくて大丈夫よ。  営業中のままにしていたのはあの子…ひいてはうちのミスだし。  それで?道に迷ったの?」 「あっ、そのっ…はい…ごめんなさい…」 「謝る事は無いわ。うっかり道に迷う事は誰にでもある事よ。  地図を持って来るわ、少し待っていなさいな」 「は、はい…ごめんなさい…」 「だから謝らなくても良いのよ」  ふっと微笑んだ女の子は、そのままお店の奥に引っ込んでしまいました。  …それから五分後。  女の子がカウンターに広げた地図を見て、私は驚きを隠せませんでした。  どうやら私は、本来降りるべき駅の次の次の次の駅で降りてしまった様なのです。  それで、うつらうつらと歩いている内に迷ってしまった…と、それが事の顛末でした。  ああ…なんて恥ずかしい…いくらぼーっとしていたとしても、いつも使っている駅を間違えるなんて…! 「余程お疲れなのね…」  女の子もどこか残念な人を見る様な、呆れた様な、憐れむ様な、そんな顔をしています。  小さな女の子にすらこんな顔をさせるなんて…本当に、本当に情けないです…。 「もう夜も遅いし、終電も行ってしまっているだろうし…タクシーを呼ぶわ。それで帰りなさい」 「あっ、だっ、大丈夫ですっ!  これぐらいなら歩いて帰れますからっ!」 「本来降りるべき駅を間違えた上、長い事それに気付けない貴方の大丈夫程信用できない物は無いわ。  お金もツケで結構よ。気が向いた時に返しに来て頂戴」 「そんなっ!そこまでご迷惑をお掛けする訳にはいかないですっ!」 「残念、もう呼んでしまったわ。十分ぐらいで来てくれるそうよ。  はい、これだけあれば足りるでしょう?」  気付いたら女の子は受話器片手にどこかに連絡し終わっていて。  そして、気付いたらカウンターの上に一万円が置かれていました。  あまりの展開の早さに、私は、何も言えなくて、できなくて。 「…ごめん…なさい…」 「…申し訳無いと思うなら、何か買って行ってくれないかしら?」 「…え…」 「うちはお店よ?言葉で謝られるより何か買って貰える方がよっぽどありがたいわ」  女の子はそう言って来ました。  女の子の言い分も、一理あります。  こんなにも迷惑を掛けたのです、何か買って帰らなければ、あまりにも失礼に当たるでしょう。  それに…さっきのスカートが、やっぱり気になるのです。 「…く、クレジットカードは使えますか?」 「残念だけれどうちはキャッシュオンリーなの。ごめんなさいね」  本当に困りました。  さっきのスカート…値札が付いていません。  それに私のお財布の中には、本当に三百円しか入っていないのです。  そんな小銭で、何が買えると言うのでしょう…? 「…貴方、さっきそのスカートを気にしていたわね?」 「え?あ、えと」 「それ、税込みで三百円よ。どうする?」 「…え…?」  そんな…そんな都合の良い話があるのでしょうか?  たまたま欲しいと思っていた物が、たまたまお財布の中に入っていた金額と同じなどと言う事が。  …いえ、そんな筈はありません。  あれがいくら古着であったとしても数千円はする筈です…そもそも古着には到底見えません。 「ほ、本当に、三百円なんですか…?」 「私はここの店主よ?自分のお店の商品の値段を間違える筈無いじゃない」  女の子…店主さんはふふんと微笑みます。  …それなら…店主さんが、そこまで言うなら…。 「…このスカートを下さい」 「お買い上げありがとう。包むから待っていなさい」  店主さんはそう言って、てこてことスカートの方へ歩いて行きました。  …そんな不思議な体験が、一週間ぐらい前の事。  今日も深夜まで仕事をして、着替える事無くベッドに倒れ込みました。  そんな状態でも救いがあると思えるのは、明日お休みだからでしょう。  …三週間働き詰めでお休みが明日一日だけ…というのはおかしい様な気もしますが…もうおかしいと声を上げる元気さえも残されていません。  このまま眠ってしまおう。  着替えや化粧落としは明日しよう。  そんな事を、眠りに落ちていく頭で、ぼんやりと思って。  …と、視界の端に、紙袋が写りました。  その中には、一週間前に買ったスカートが入っています。  開ける暇も無く…そんな精神的な余裕も無く、ずっと放置してあった物です。  玄関に置いていた筈なのに…無意識のうちにベッドに持って来ていたのでしょうか?  体を起こしてセロテープを剥がし、袋をひっくり返します。  中から出てきたのは、空色のスカートと、名刺サイズのカードの二つ。 『そうそう。  製作者から、買った人にメッセージカードを付ける様に言われているの。中に入れておくわね』  確か店主さんがそんな事を言っていました。これがそのメッセージカードなのでしょう。  表側にはあのお店の情報が書かれていました…一万円、早く返さないとですね。  メッセージは裏側かな?と思い、くるっとひっくり返した裏面には、 『自由とは?』  …そんな、濃い青色のインクを使ったであろう、手書きの一文が書かれていました。  …意味が分かりません。  本当に、本当に、意味が分かりません。  製作者さんはいったい何を考えて、このメッセージカードを入れる様、店主さんにお願いしたのでしょう…?  …考えても分からず、ひとまずそのメッセージカードは置いておく事にしました。本題はスカートです。  広げた空色のスカートは、お店で見た時の様な不思議な雰囲気を、未だに放っていて。  …私はもそもそとベッドから出て、洗面台の前に立ち、タイトスカートを脱いでスカートを履き、鏡を見ました。  いつもなら絶対にしません。…そもそも洋服を久し振りに買ったぐらいですし。  それに本当は鏡なんて見たくはないですが…せっかく買ったスカート、確認しない訳にはいきません。  鏡に映るのは、なんの魅力も、なんの価値も無い、暗い雰囲気の私。  …けれど、そのスカートを着けた事で、ほんのちょっとだけ、私自身が明るくなった様に感じて。  魔法で変身したシンデレラの様に、なった気がして。  …けれどそれは、本当に、ほんのちょっとだけ。  …やっぱり私なんかには、こんな素敵なスカートは似合わない様です。  …お洋服は、こんなにも素敵なのに。  私は…私は、こんなにも、醜いから。  見た目も…その中身も、醜いから。  だから私は、私が、嫌いなのです。 「…………うぇ…」  自然と、涙が零れました。 「…えええ…」  涙が、とめどなく、とめどなく、溢れました。 「ええええ…うぇえええ…!」  こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかったのです。  普通に就職して、普通に生活して、普通に生きて、普通に死ぬ。  たったそれだけを願って、生きていた筈だったのに。  どうして…どうして私は、こんなにも…自分を痛め付け、貶める私に、なってしまったのでしょう。  夢を、見ていました。  沢山のお仕事をする夢を、見ていました。  幼い頃夢に見たお仕事だったり、今まで一度も経験した事の無いお仕事だったり。  …でも…そのどれもこれもで、私は、失敗して、失敗して、失敗して。  どうして?  どうして失敗ばかりなの?  だって、何度も何度も人生を繰り返して。  私は、うまくやれた筈なのに。  何も間違えずに、やれた筈なのに。  どうして。  どうして。  どうして。 「どうしてッ!」  絶望。  何度転生を繰り返しても、私は、幸せになれない。  何度人生をやり直しても、私は、幸せになれない。  六道輪廻。  繰り返される、苦悩と悲劇に満ちた生死、終わらない業苦。  …………私は。私達は。  苦しむ為に、生まれたの?  苦しむ為に、生きていくの? 『自由とは?』  不意に。  声が、聞こえました。  そこは、真っ白な空間。真っ白な世界。 『自由とは?』  また、そう問い掛けられました。  顔を上げ、声のする方を見ます。  うずくまる私に目線を合わせる様に、その場に屈んでいるその人は…まるで、魔法使いの様でした。  長く黒い杖を携え、真っ黒なローブを着込み、長い髪は黒く、見える褐色の肌には、まるで鈍い刃物で切り裂かれたかの様な形の、赤黒い斑模様が無数に見える人。  …けれど、人とは根本的に何かが違う…そう感じてしまう様な…そんな人。 「…貴方は…?」 『俺はただの魔法使いだよ』  その人はくくくと笑い、私の前でどさりと胡座をかいて、頬杖を付きました。  沈黙。  私も、その人も、一言も話しません。 「…………私は」  …口火を切ったのは、私の方でした。 「私は…色んな職種についたのに、色んなお仕事をしたのに…どこでも、いつでも、苦しいままです。  どうして私は、何をしても、苦しいままなのでしょう。  …人は、どうして、苦しみから逃れられないのでしょう」 『…長年竜として生きてきた俺に言わせりゃ、人間ってのはしがらみも欲も強過ぎる。  そんなくそったれな生が苦しくない訳無いだろ?』 「…人から、しがらみも欲も奪う事はできないです。  それが無い方もいますが、本当に一部の…厳しい修行や特殊な術を身に着けた方達だけだと思います。  …私達人は生涯…生きている間は、その苦しみからは逃れられないのでしょうか…?」 『じゃあ自由になれば良い』  魔法使いさんは懐から棒付きキャンディーを取り出して包みを剥がしながら、あっけらかんと、そう、言ってのけたのです。 「…自由…に…?」  自由。  自分の意のままに振る舞う事。  勝手気ままで我が儘な事。  一切の全てから外れた、何ものにも縛られない様。  なれる訳が無い。  この社会で。この世界で。  私みたいな凡人が、そんな、未知にして究極の存在になれる訳が無い。 『俺がいつそんなぶっ飛んだ存在になれって言ったよ?』  魔法使いさんは棒付きキャンディーを私に差し出し、笑いながら、そう言ったのです。 『俺が言った自由はそんな狂気染みた物じゃねぇよ。  もっと単純で、もっと簡単な物なんだ…本来の自由はな』  棒付きキャンディーを受け取り、包みを剥がしてくわえました。  とろりとした不思議な甘さが、口の中に広がって。  …急に糖分を摂ったせいか、急に、眠気が襲ってきて。 『…一つ、ヒントをやるよ。  良いか?  お前は、良くも悪くもお人好し過ぎるんだ。  それは致命的な弱点であり、社会に置いて不要な代物であり…お前にとって、最強の切り札でもある。  …………自由とは?  お前にとっての、自由とは?』  …その言葉を最後に、私の意識は、すとんと、暗闇に落ちたのでした。  あの不思議な夢から、十日後。  私は、新しい営業先に向かっていました。  そこは、課長から新しく私に言い渡された取引先。  …こちらからの取引の案内を全て断る事で有名で…そして、この取引を成立させなければ減給すると課長に言われた、小さな小さな会社。  …私は、自分のデスクの中に、辞表を忍ばせています。  自由とは。…私にとっての、自由とは。  …結局私は、その問いに答えを出す事ができませんでした。  だから私は、この会社を、辞める事にしたのです。  そうすれば自由が得られる、そんな気がして。 「…断る」 「…分かりました」  そして思った通り、断られました。  私は資料をまとめて、立ち上がりました。  ほんの少しだけ明るい、けれど大きな黒を秘めた未来に、ささやかな期待と不暗を抱きながら。 「あんたの上司に伝えておけ。何度来られてもこの内容なら同じ事だってな。  …何度目だよこれ言うの…こっちはそれどころじゃ無いって言うのに…」  吐き捨てられる様に相手…社長から告げられた言葉。  過去に何度も言ったであろう言葉。 「…あの、一つ良いですか?」  …でも、私にとっては、初めて聞いた言葉。 「…………なんだよ」 「いえ、あの…この商品、この会社に必要だと思うんです。  私達の持っている情報だけですが…確かに必要だと思います」  普段の私であれば、絶対にそんな事を言いません。  けれど…思わず、そんな言葉が出てしまって。  …多分、辞表を出す覚悟を決めたから…それで、少し気が昂っていたのでしょう。  …それに、この商品が必要なのは、この会社の状況を見れば分かります。  なのに、どうして断るのでしょう…? 「…やり方が気に入らない」  社長さんはすっと電子たばこを私に見せました。  私が頷きを返すと、社長さんはたばこを機械に差し込んで口に咥え、ふぅと煙を吐きます。 「確かにそれがあればうちの利益が上がるのも分かってる。  …だが、だからと言ってはいそうですかって導入もできないんだよ。  こいつを扱うには技師も足りないし、何より導入する費用と維持するコストが無い」 「…………では、この一世代前の物はどうでしょう?  今ご紹介した物は前の世代からかなり進化した物と資料で読んだ事があります。  一世代前は出たのはかなり前ですが、性能は大きく変わらない筈です」 「…なんでそれを前の奴は言わなかったんだ?」 「ええと…そこまでは…会社として考えるなら、やはり利益の少ない古い機種より高額な最新機種を販売したいのかなぁとは思いますが…」 「…お前、お人好しだな」  社長さんは煙を吐き出しながら、ニヤリと笑って。  …私は、あんまり言ってはいけない事を言ってしまった事に気付き、血の気が失せてしまいました。 「そんな顔しなくても良い。それぐらい俺だって思い至る。  …明日、その古い方の機種の資料を持って来てくれ」 「…え?」 「内容次第では導入を考えてやっても良いって事だ。…頼んだぞ」 「え?…あ、は、はい…」  …なんだか、想像していた展開と、少し違っている展開になってきました。  本当なら辞表を提出している筈なのに、今はこうして、古い機種の情報を集めていて…明日の準備をしていて。  明日。  本来であれば期待と不安に満ちていた筈だった物。  今は必ず訪れる社長さんとの相対の為にある物。 『自由とは?』  自分の意のままに振る舞う事。  勝手気ままで我が儘な事。  一切の全てから外れた、何ものにも縛られない様。  ふと思い立ち、携帯の辞書機能を使って、検索を掛けてみました。  検索ワードは、『自由』。  …調べて出てきた意味は、何度も調べた時と同じ、私の知る物。  …それじゃあ、一つ一つの意味は?  自由という物の意味はそうであっても、それぞれの…『自』と『由』の意味は?  思い付いたら、居ても立っても居られなくなって、携帯に指を滑らせ、 「…………これが、昨日お話していた、古い機種の資料です。  スペックも問題無いかと思いますし、導入コストや維持費、技師の面でも、この計算書によれば問題無いかと思います」 「…………おい」 「は、はい」 「…………見積もり、できるだけ早急に出して貰えるか?」 「…はいっ!」  …………そうして私は、見つけました。  答えを…私の、自由を。  店のベルが鳴る。  奥の居間から顔を出し、入ってきた人物を確認する。 「…あら、お久しぶりね」 「はい、お久しぶりです。  お借りしていた物を、お返しに来ました」  その人はにっこりと笑って、カウンターに一万円を置いた。  よく覚えている。  その人は、一年前に例の空色のスカートを購入し、一万円を渡してタクシーで帰らせた…濃密な〝死〟の臭いを漂わせていた人だったから。 「本当に、本当に、本当に、お世話になりました…ありがとうございました。  …あの、店主さん」 「何?」 「あのスカートを作ったのは…その、どんな方なのですか?」 「…なんで?」 「あ、いえ、その…一緒に入っていたカードに書かれていた、スカートの制作者さんからのメッセージ…あれのおかげで…本当に、本当に、救われました。  それで、どんな方なのだろうって思って…」 「ああ、あのカード。  …自由とは?…その問いの答えを見つけた、という事ね。  …貴方は…貴方だけの自由は、どんな物だったのか、聞いても良いかしら」  その人は一瞬だけ目を閉じ、微笑む。 「…私の自由は、自らに由(よ)るというもの。  全ての物事は、自分から発生して、自分で選んだ結果だから。  それなら、自分を変えてみようって思ったんです。…全ての始まりである、自分を。  今は全部を変えられなくても、少しずつでも…変わる事が、怖くても。  自分を…自分のお人好しを受け入れて、変えていって、選んで、前に進む…それが私の、私なりの自由なのかなぁって、そう、思ったんです」 「…そう」  微笑みを浮かべ告げるその人物に、もう、過去の面影は無い。  もう、濃密な〝死〟の臭いは、感じない。 「…ああ、そうそう。あのスカートの制作者だけれど」 「あ、は、はい」 「…実は魔法使いが作った謹製の一品…と言ったら、あなたは信じる?」  とある企業で、ある時期を境に頭角を表した人物がいる。  成績は必ず上位に食い込み、今では百数十人の部下を束ねる部長にまでなった人物だ。  その人物は、相手に寄り添い、相手に親身になった結果成績を伸ばす事で有名だった。  今となってはその人物に対応して貰いたいという業者が後を立たない状態だ。  …その人物は、稀に後輩に笑って、こう、問い掛けるそうだ。  貴方にとっての、自由とは?
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