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世界がゾンビに支配されて一週間が経過した。
ほとんどの人間が生きる屍となったことで、あれほど騒音にまみれていた世界はとても静かになった。
僕、天馬カケルは無人のコンビニにて、スナック菓子を大きなリュックに詰めこんでいる最中だった。
陳列棚はドミノのように倒れていて、床は誰かの血で汚れている。
なるべく汚れていない場所に膝をついて食糧を調達している時に、ふっと僕の頭上に影が落ちた。
どきっと心臓が跳ねて、慌てて顔を上げると、ひとりのゾンビが立っていた。
僕と同じ高校の制服を着た女の子だ。多分、僕より背が高い。
肩より長く伸ばした髪は血で固まっていて、肌は白を通り越して青く染まっている。
ほんの少し白く濁った目が、じっと僕を見下ろしていた。
その顔には見覚えがあった。
「ゆ、由井さん?」
僕が小さく尋ねても、ゾンビ女子高生は無言だった。
その顔はまちがいなくクラスメイトであり不良として恐れられていた由井さんだ。
彼女の変わり果てた姿に、僕は息を呑む。
そうやってしばらく見つめ合っていたが、なぜか由井さんは僕を襲ってこない。
ゾンビは生きているものを見ると、反射的に飛びかかってくるものだが。
「そ、それじゃあ僕はこれで……あとは由井さんのお好きなのをどうぞ」
一応ひと言挨拶をしてから、僕はなるべく音を立てないようにリュックを背負って立ち上がった。
しかし、由井さんの視線はがっつり僕を追いかける。
背筋に冷たいものが走った。
「うわ、ついてきた」
背後から足音がしたので振り返ると、由井さんは覚束ない足取りで僕のあとについて来ていた。
「困ったな」
走ると足音が響くので、早歩きをしながら根城にしている小さな工場に急いだ。
振り返ると、由井さんの姿はない。
僕はほっと胸を撫で下ろして工場の扉を開いた。そして、急いで扉を閉めようとしたが、その隙間にがっと音を立てて誰かの靴が挟まった。
「ひぇ!?」
思わず尻餅をついてしまい、重い扉がぎぎぎと軋んだ音を上げてゆっくりと開いた。
扉の向こうにはやっぱり由井さんが立っていて、再び僕をじっと見下ろしている。
「あ、あぁ……」
由井さんは震える僕を見つめながら、僕の城に足を踏み入れた。
「こ、怖っ」
僕のつぶやきが聞こえたのか、由井さんが地面を踏み鳴らした。
どことなく表情に凄味が増したように思える。
「すみません! 怖くないです!」
どうして僕はゾンビ相手に必死に謝罪しているのだろう。
ここで食われるのだろうか。と少しあきらめかけたが、由井さんは二メートルほど間隔を空けたまま近づいてこない。
「どうして襲ってこないんだろう」
少しだけ冷静さをとりもどした僕は、由井さんが襲ってこないことを祈りながら、他のゾンビの侵入を防ぐために扉を閉めた。
少し距離が縮まったが、やはり由井さんは僕の行動を目で追うだけで何もしない。
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