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「僕、お腹すいたので、お先にいただきますね」
僕は、いつでも由井さんから逃げられるような位置にパイプ椅子を広げて座った。
由井さんはずっと僕を見ている。飽きないのだろうか。
変なの。突然変異体なのかな?
僕はさりげなく由井さんを観察しながらリュックを開いて、さきほど調達したばかりの水とお菓子をとり出した。
「食べますか?」
由井さんの反応はない。無視された。
僕はコーンポタージュ味のスナック菓子を食べながら、生前の由井さんを思い出していた。
彼女は不良として有名人で、学校では浮いた存在だった。
学校の外では他校の生徒と喧嘩をしているだとか、家庭の事情が複雑で家にも帰っていないだとか、よくない噂を聞いた。
家庭環境に関しては僕も同じようなものなので、勝手に共感していた。
僕と彼女の異なる点は、彼女が非行に走ったのに対し、僕はより学ぶことに時間を費やしたこと。
僕はこうやって勝手に彼女のことを分析しているけれど、彼女は大人しくて目立たない僕のことなんて興味なかったはずだ。
由井さんと擦れ違うたびに無言でにらまれていたのは、僕という陰気な存在への反射的な反応だったのだろう。
だから由井さんも結局のところ、僕のことが嫌いなんだと思う。
そんな由井さんも、ただのゾンビになってしまった。
「由井さん」
僕は立ち上がって、壁に立てかけてあったもうひとつのパイプ椅子を広げた。
「立っていると疲れる、のかわかりませんけど、座りませんか?」
由井さんの存在に少し慣れてきたので、僕はついそんなことを口にしていた。
ことばなど理解しないだろう。そう思っていたが、なんと由井さんは椅子のほうへ近づいて、すとんと座って見せた。
本当に驚いた。
「僕のことばがわかるんですか!?」
「あー」
まるで返事をするように、由井さんが僕を見上げて声を上げた。
ゾンビとなっても意識が残っているとでも言うのだろうか。
僕は妙に興奮して、自分のパイプ椅子を隣に持ってきて座った。
「僕、天馬カケルです」
「あー」
「本当に意識が残っているのかな。ただ反応しているだけ? 人を襲わないのも、意識が残っているからかな」
特にすることもない僕は、この特殊変異体と呼べるゾンビ由井さんを考察し始めた。
しかし、由井さんが威嚇するような唸り声を上げ始めたので、僕の思考はそこで途切れた。
視線を上げると、由井さんが濁った目を見開いて、こちらに両手を伸ばしている。
「え、由井さん!?」
「ぐあー!」
「うわぁ!?」
由井さんがぐわっと歯茎を剥き出しにして飛びかかってきたので、僕は反射的に両腕を盾にして身を縮めた。
しかし、衝撃は一向に訪れなかった。その代わりに背後で争うような音が聞こえてきた。
僕は震えながら振り返ると、そこにはスーツ姿の男性ゾンビに馬乗りになっている由井さんの背中が見えた。
まさか、助けてくれたのだろうか。
「由井さん!」
「うがぁー!」
彼女は抵抗する男性ゾンビをたこ殴りにしている。生前の由井さんも、こうやって喧嘩をして勝利を勝ちとってきたのだろうか。
ゾンビとなっても彼女は勇ましくて強かった。
すると、薄暗闇の中からもうひとりのスーツ姿の男性ゾンビが、片足を引きずりながら由井さんに迫っていた。
興奮した様子の由井さんは気づいていないらしい。
このままだと由井さんが死んでいるけど死んでしまう!
僕はとっさに近くの家から拾ってきていた金属バットを手にって、いまにも由井さんに襲いかかろうとしていたゾンビの頭上に振り下ろした。
鈍い音を立てて倒れたゾンビに気がついたらしく、由井さんは驚いたように僕を見上げていた。
「逃げよう!」
僕は興奮状態のまま、由井さんの腕をつかんで走り出した。
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