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話の区切りが見えたところで、後方から眺めていた影斗が蒼矢へ声をかける。
「…蒼矢、お前具合大丈夫なんか?」
「! そういえば…ごめん、長話になってしまって…」
「大丈夫です。あちらの…『転異空間』に入ってから少しずつ良くなっていって、今はもうなんともありません」
慌てて葉月が顔をあげると、蒼矢は影斗へも視線で応えながら首を横に振った。
少し笑顔を見せる蒼矢だったが、葉月は眉をひそめ、怪訝そうに彼を見やった。
「君の能力が『現実世界』でも使えるらしいことは、『転異空間』へ転送する前の様子でわかった。[異界のもの]の気配を感じ取れるようだけど、多分…同時にそれにあてられて、身体が不調になっていたのかもしれない」
「……!」
「! そうなのか。それは、すごく有用だが…厄介でもあるな」
「…実は昨日、今回の[侵略者]の"[片割れ]"に、彼は接触していて…それで、より過敏に反応してしまったのかも…いや、そうであって欲しい」
「すべて推測だ。『現実世界』でセイバーの能力が使えること自体、結構眉唾物だしな…しばらく様子を見るしかないだろう」
彼らの話に一転して不安げな面持ちになる蒼矢へ、灯は手を差し出した。
「…なににしろ今後とも宜しく、蒼矢。当分不慣れだろうが、必ずバックアップする。一緒に『アズライト』を解っていこうな」
「ずるいな、灯。僕も蒼矢って呼ばせてもらうよ。セイバーは共同体みたいなものだから…不安かもしれないけど、心細く感じることはないよ。いつでも頼ってね」
「…はい。宜しくお願いします」
蒼矢は表情を幾分か強張らせながらも、彼らと握手を交わした。
年長者の包まれるような大きく厚みのある手のひらに、曇りの残る心情が少しだけ安堵した。
話が終わると、一行は流れ解散になった。
灯が去り、葉月が蒼矢へ付き添うように歩み寄る中、影斗はきびすを返して逆方向へ歩いていこうとする。
「…先輩!」
蒼矢が呼びかけると、視線だけちらりと彼へ向けてから、何も言わないままに歩き去っていった。
戸惑うような表情でその背中を見つめ続ける蒼矢へ、葉月は小さく声をかける。
「蒼矢、僕らも戻ろう。君も疲れただろうし――」
「俺…、影斗先輩の気に障ることをしてしまった…というか、そうなってしまったような…」
か細くつぶやきながらうつむく蒼矢を見、はっとした葉月は少し言いよどみかけたが、ひとつ息をつくと蒼矢の顔をのぞき込んだ。
「…それは違う。確かに、今日の彼は君の知ってるいつもの様子じゃなかったかもしれない。でも、それは君のせいじゃない。…転送前から『転異空間』でも、戻ってきてからも、彼は君のことだけはずっと気にかけていた」
「……」
「彼の様子がいつもと違うのは、僕の前でだから…僕のせいで、ああなってしまっていただけだよ」
「…? どういうことですか…」
その言い草に蒼矢は怪訝な視線を向けるが、見上げた葉月と目が合うことはなく、悲しそうな顔で地面を見やっていた。
その表情に、蒼矢は問いかけていた言葉を飲み込んだ。
「…ごめんね、いつか話せるといいんだけど…今は、彼のためにも」
「…すみません」
「謝らなくていいよ。…行こうか」
葉月は元の穏やかな表情に戻し、蒼矢の背に手を置いて駐車場をあとにした。
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