第1章

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第1章

 夏風に穏やかに(なび)く稲穂が陽光に(まばゆ)く輝き、ウミガメが産卵で流す涙のような澄み切った空が広がっていた。朝の清涼な風を頬に感じながら、オレと幼なじみのカナエは、松林が続く農道を浜辺へと自転車を()ぎつづけた。しかも、近隣ではなく北へ数キロ離れた「サンライズビーチ」と呼ばれていた浜辺まで……  とても夏の太陽が(はげ)しい日だった。「サンライズビーチ」は、村の田んぼに水を供給し川のように幅の広い「大排水(だいはいすい)」の河口にもなっており、隣接する松林には小さな別荘地もあった。しかし、このあたりの海は波が荒く遊泳禁止になっていたため、夏でも訪れる人は多くなかった。  海は(あお)く澄んで広大だった。人類の叡智(えいち)をも無にしてしまうほど深淵(しんえん)だろう。ほんの僅か湾曲した水平線まで海原(うなばら)が眩く揺れ動き、白い飛沫(しぶき)を上げた波が終わることなく海辺に押し寄せていた。  ──大きいなー  浜辺にはさまざまなものが流れ着き、とくに白いものと黒いものが目立つ。白いものの大半は発泡スチロールの(かたまり)で、黒いものの多くはプラスチック製のブイだった。ハングル文字の瓶やロープ、網も多い。  オレとカナエは、とくに面白そうなものを見つけては比べ合ったり、よく白っぽい大きな巻貝の殻を耳に当ててみた。ボーっと音がする。それは風の音のようでもあり、深海の水の流れの秘密の音のようでもあった。  少し離れた砂浜の中頃に、大きな(くす)んだ色の(かたまり)が砂をかぶっていた。近づくと大きなウミガメの死骸だった。甲羅の(ふち)が破損したくさんの傷がついている。ウミガメはよく「泣いている」といわれるが、それは眼球の背後に肥大化した涙腺(るいせん)があり、これにより体内に取り込んだ余分な塩分を濾過(ろか)し、常に体外に放出することで体内の塩分濃度を調節しているからだ。  この時の、砂をかぶったまま動かないウミガメの閉じられた瞳にも涙痕(るいこん)があった。  ──かなしそう。  カナエは、そう静かに呟いた。
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