第1章

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 それから、「大排水」河口の穏やかな浅瀬で、デニムの半ズボンのオレとピンクのミニスカートのカナエは、膝上まで水に()かって遊んだ。オレが石ころに(つまず)いて転んでしまい全身びしょ濡れになると、  ──ユウちゃん、ドジだなー  と、お下げ髪のカナエは楽しそうに(まばゆ)く笑った。何でもオレの真似をしたがるカナエは、この時もすぐにおどけてよろける振りをしながら、そのまま躊躇(ちゅうちょ)なく水面に倒れ込んだ。小さな花弁のような飛沫があがった。  ──冷たくて気持ちいい!  頭から全身ずぶ濡れになったカナエの華奢(きゃしゃ)な身体の腕や脚から、いくつもの真珠のような水滴が(したた)り落ち、わずかに(ふく)らみはじめた胸に白いTシャツが張りついた。  眩しかった。  カナエの笑顔は、夏の烈しい日差しを浴びて眩い美しさだった。しかもそれは、向日葵のような明るい眩しさというよりも、まるで白い月下美人(げっかびじん)のような儚い清冽(せいれつ)な眩しさだった。  そしてその10日後、カナエはまるで朝陽が昇る前に(しぼ)んでしまう白い月下美人のように、田園を流れる「大排水」に落ちて死んでしまった。ひとりでふざけたりけっしてしないはずなのに……  カナエが常に携帯していた白い仔猫のぬいぐるみが、「大排水」の水面に浮かんでいたため、すぐに父親が飛び込むと水底にカナエが沈んでいた。父親は狂ったように嗚咽(おえつ)したが、カナエがウミガメと同じ涙を流したのかはわからなかった。  激しく蝉が鳴く杉林に囲まれたお寺で、カナエの葬式が終わると、オレはすぐに着替えて「サンライズビーチ」へと自転車を漕ぎ出した。いくぶん陽射しが弱くなった晩夏の太陽がやや傾きはじめ、潮の香りが漂っていた。  最後にカナエと「サンライズビーチ」の砂浜で見つけた燻んだ色の大きなウミガメの死骸を、もう一度確かめたいと思った。あのウミガメの涙の跡こそが、カナエの涙のような気がしたから……  しかし白い波が止むことなく打ちよせる砂浜で、10日前に発見した燻んだ色の大きなウミガメを、もうどこにも見つけることはできなかった。落胆したオレは、ウミガメの死骸を見つけた(あた)りの砂浜に体育座りをしまま、ほんの僅か湾曲した水平線をぼんやりと眺めつづけた。カナエが肌身離さず(たずさ)えていた白い仔猫のぬいぐるみを、震える手に握りしめながら……
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