第3章

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第3章

 その晩、父が腎臓を(わずら)って長期入院していたため母がひとりで(とこ)につくと、オレはそっと布団から抜け出し国鉄官舎の裏にある濃密に樹々がしげる「森」へ向かった。青銅色の夜空には白い(りん)とした満月が浮かび、樹々の樹冠(じゅかん)(たいら)かな峰とする小さな山脈のような「森」を照らしていた。雑草に覆われたケモノ道を、懐中電灯の明かりを頼りに「森」の中心へと向かって歩いた。すぐに懐中電灯の明かりに小さな虫が群がり、どこかで野鳥が()いていた。  「森」の中心を流れる幅の狭い小川 ーまさに清流を思わせるー まで来ると、懐中電灯をショルダーバックにしまいシューズと靴下を脱いで小川に入った。水深が膝下までしかないため、オレはそのまましゃがみ込み、「森」の中心の樹々の、少し大きな丸い空間から()れる月明かりにはっきりと照らされた水面をのぞき込んだ。  流れのない水面に、オレの顔がほのかに映った。それからオレは樹冠の丸い空間を見上げて、カナエの形見である白い仔猫のぬいぐるみを右手で宙空に突きあげた。しばらくはそのままの格好で、樹冠の丸い空間の向こう側にある月明かりに薄められた青銅色の夜空=宇宙を、じっと見つめつづけた。  いちど命を失ったウルトラマンが生き返り故郷であるM78星雲に帰ったように、右手で宙空にかざした白い仔猫のぬいぐるみに命が与えられ、カナエが生き返ることを懸命に祈りながら……  当然ながら、白い仔猫のぬいぐるみが呼吸をし命を与えられることはなかった。オレは声をあげて泣きながら、ふたたびしゃがみ込んで涙を(ぬぐ)った。月明かりに照らされた水面にほのかに映ったオレの顔は、ひどく(ゆが)んでいた。  ふと、そのひどく歪んだ顔の色が、じょじょに変わりはじめているのに気がついた。やがて月明かりに照らされた水面に映ったオレの顔は、なんとほのかな銀色に変わっていた。まるでウルトラマンのように……
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