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私自身はと言うと、同居する家族が居るので、まだまだ人が密集する所に足を運ぶことは出来ないが、それでもその馬が出走するレースだけは特に注目するようにして、自宅のテレビ越しに熱くレースを観戦していた。
しかし、その馬にもついに引退レースの日時が発表されてしまう……。
[JAPAN CUP]
発表によると、そのレースがその馬のラストランだった。
それからと言うもの、私はその馬から益々目を離さなくなった。
コロナウィルスと無観客時代と言う不運な時期に、競走馬としての全盛期を迎えてしまったその馬の一挙手一投足をしっかりと目に焼きつけようと、その馬が出走するレースは、毎戦食い入るようにテレビに見入った。
しかし、ほとんどのレースを無観客で戦ってきた馬にとって、有観客のレースはそれ自体が未知の経験であった訳で、それが影響しかたどうかは定かではないが、暫くの間はレースに勝利出来ない時期もあった。
それでも出走した全てのレースを4着以下でゴールすることは無く、走りさえすれば全てのレースで馬券に絡んだ事で、競馬ファンの期待を裏切った事は一度も無かった。
そしてついに、彼はその日を迎えてしまった。
私は、スタート前のファンファーレが演奏されている時から、涙が止まらなかった。
純粋に応援する気持ち。
引退してしまう寂しさ。
仕方のない事だが、現地で観戦してやれなかった悔しさ。
そんな私の思いを乗せて、ラストレースの扉が、[ガッシャン]と言う音と共に開いた。
本来ならば、他の馬達と合わせながらレースを見て、その上で最終的な結果を見てから、お気に入りの馬の評価をする。
しかし、その馬にとっては今回がラストレースである。
私にとっても、彼の最後のレースで他の馬を見る気になれなかった。
レースは序盤、逃げると思われていた馬が逃げずに、その馬がまさかの最後方から追い上げる展開に。
レース中盤には、最後方に下がったはずの先行馬が、バックストレートでぐーっと前に駆け上ってきて、終盤にかけて一気に先頭に躍り出ていくと言う波乱の展開。
しかし無敗の三冠馬は、そんな事には一切動じる事なく、自ら掴み取った絶好の位置をピクリとも動かずに最後のコーナーを曲がりきり、いよいよレースが決まる最後の直線へ。
私は何故か、レースが始まる前から、その馬が負ける気が一切していなかった。
しかし、やはりラストラン。
最後の直線で一気に加速するその馬をテレビで見ながら、私はどうしても熱い気持ちを抑えられず、ゴールに向かって突き進んで行く彼の名前を必死に叫んでいた。
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