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その日、競走馬として最後のレースを終えたサラブレッドがいた。
「ちょうど2年前の今頃だったかな。あの馬が本格的にレースで活躍し始めたのは」
その馬の最後のレースを見届けたコメンテーターが、テレビの向こう側で涙を浮かべながら、その馬の歴史を語っている。
その馬は新馬戦を一着で勝利し、その後のレースでも順調に勝ち星を収めていったのだが、やはり最も記憶にあるのは、デビューしてから一度も負ける事無く三冠馬の栄誉を手にした事だと思う。
新型コロナウィルス。
人々はこのウィルスを恐れ、時が経つにつれて、徐々に外出を控えるようになる。
そして、自分達が生きていくための、最低限の用を済ませるためにしか活動をしなくなり、その他の行事や物事に対して、どんどん批判的になっていった。
競馬界にとってもこの影響は大きく、毎週末のレース自体は開催するものの、馬券の発売はインターネットを通じた方法のみとなり、競馬場のスタンドに観客が入らない時期が長く続いたのは、言うまでもない。
今回紹介しているその馬も、この新型コロナウィルスと戦いながらレースに参戦し続けた、とてもたくましい競走馬である。
しかしその馬は、競走馬として挑んだレースのほとんどを、無観客レースと言う特殊な状況の中で走り抜いてきた。
無敗の三冠。
本来ならば、それを成し遂げられなかったとしても、グレードⅠ(G1)競争を一つ勝利すれば、レース後はスタンドに詰めかけた観客から、惜しみない拍手と歓声が贈られる。
しかし、その馬がその偉業を成し遂げた時代は、新型コロナウィルス感染爆発の真っ只中。
無敗で三冠を勝ち取ると言う伝説的な偉業を成し遂げても、そこには本来あるはずの、ファンの歓声も拍手も無く、馬にとっては、ただ淡々とレースを終えるだけの日々の繰り返しだった。
[申し訳ない]
一人の競馬ファンとして、この偉大な馬を見に行ってやれない事が、私にはとてもはがゆく、そしてなんとも情けなかった。
更に、インターネットで馬券を買って、自宅で競馬中継を見ていると。
「このコロナの時代に競馬なんてやるお金があるんだったら、少しは家の事を考えなさいよ!」
こういった容赦のない罵声が、背中から突き刺さる事も何度もあった。
だが、私は馬券を買うことを決してやめなかった。
先程も申し上げたが、コロナウィルスのせいで、この偉大な馬を見に行ってやれないことに対して、せめてもの敬意を払いたかったのだ。
しかし今年に入り、若年層へのワクチンの摂取が進むに連れて、コロナウィルスの感染者数も徐々に減っていき、秋競馬が開催される時期には、やっと競馬場に客が入れるようになったのだった。
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