9月

3/3
前へ
/27ページ
次へ
『さっきのあれ、絶対彼の口説き文句(チャットアップライン)なのに。本当によかったの?』  親睦会の帰りのタクシーで、ケイティは残念がる様子で私に訊いた。  ここは俺の奢り(オン・ミー)にさせて、としきりに言ってた同級生のことだとすぐわかった。 『うん』 『タイプじゃない? それとも恋愛対象が男性じゃないとか?』 『いいえ、そういうわけじゃ』 『もうパートナーがいるの?』  心臓が跳ねた。  日本にいる同業者でライバルの姿が浮かんできて。  答えられずにいると、鞄の中でスマートフォンが光った。  ごまかすように通知を確認する。  ――ロンドンの夜は楽しいですか?  柴山さんだった。見つけてもらえたような気がして、顔が緩んだ。 『はいるみたいね』  小さく笑ったケイティに恥ずかしさから訊き返した。 『あなたこそ、そういう人いたりしないの?』  ケイティは照れもせずあっさり答えた。 『いない。今はね』  驚いて瞬きをすると、彼女は続けた。 『元カレ。うちの大学の俳優課に通ってた人。あなたと同じ、日本人よ』 『え!』  前に言ってた、観光写真を欲しがった人?  俳優課出身ということは知ってる名前かもと思い、尋ねた。 『今、彼はプロになってるの?』  その質問にケイティは答えなかった。確かめるように繰り返しても静かに笑うだけで、お互いそれ以上は踏み込まないまま帰宅した。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加