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『さっきのあれ、絶対彼の口説き文句なのに。本当によかったの?』
親睦会の帰りのタクシーで、ケイティは残念がる様子で私に訊いた。
ここは俺の奢りにさせて、としきりに言ってた同級生のことだとすぐわかった。
『うん』
『タイプじゃない? それとも恋愛対象が男性じゃないとか?』
『いいえ、そういうわけじゃ』
『もうパートナーがいるの?』
心臓が跳ねた。
日本にいる同業者でライバルの姿が浮かんできて。
答えられずにいると、鞄の中でスマートフォンが光った。
ごまかすように通知を確認する。
――ロンドンの夜は楽しいですか?
柴山さんだった。見つけてもらえたような気がして、顔が緩んだ。
『誰かはいるみたいね』
小さく笑ったケイティに恥ずかしさから訊き返した。
『あなたこそ、そういう人いたりしないの?』
ケイティは照れもせずあっさり答えた。
『いない。今はね』
驚いて瞬きをすると、彼女は続けた。
『元カレ。うちの大学の俳優課に通ってた人。あなたと同じ、日本人よ』
『え!』
前に言ってた、観光写真を欲しがった人?
俳優課出身ということは知ってる名前かもと思い、尋ねた。
『今、彼はプロになってるの?』
その質問にケイティは答えなかった。確かめるように繰り返しても静かに笑うだけで、お互いそれ以上は踏み込まないまま帰宅した。
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