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昔々あるところに、古めかしい王国がありました。その王国の外れには小さな町があり、そのまた奥には深い森があります。一人の魔法使いは静かな森での生活を楽しむかたわら、町へ出て薬を売ってお金を稼いでおりました。彼の名前はリンドール。フードを目深に被り、いつも背中を曲げて地面を向いているため、誰もその顔を見たことがありません。だけれども彼には逆に、ちらとでも見ていたい人がおりました。彼女の名前はオリヴィア。貧乏な爵位なしの子で、周りの令嬢たちから意地悪をされる可哀そうな女の子です。これはそんなリンドールとオリヴィアの、少し変わった物語。
* * *
……いや、オリヴィアは可哀そうな女の子なんかじゃない。彼女ほど強い人はいない。
森の奥の木の家で薬草を煮る手を止めぬまま、リンドールは思った。ひらりと蝶が舞う。魔法の蝶はその日見てきたことを彼に教えてくれるのだ。
例えば。
「あらやだ、見て。オリヴィアったら、汚れたワンピースを着て、また今日も本を持ってるわよ」
「ほんっとね。友達がいないから、本を読むしかないんだわ」
「可哀そうな子。おほほほほ」
オリヴィアを味方する同年代の令嬢は町にほとんどいなかったが、そのことにオリヴィアは慣れっこだった。慎ましい顔にしおらしい表情を浮かべて「可哀そうなのはどっちよ。教養のなさならあなたたちの方が上じゃない」なーんて内心思っている。そう。彼女はかなり、逞しい。
「うふふっ。やっぱり新作は期待通りね。今回の王子様もとっても美味でしたこと」
実際、自室にこもってお気に入りの作家の物語を読み終わった頃には、その日あった全ての嫌なことを忘れてしまえた。オリヴィアはうっとりと目をつむり、世界観にどっぷりと浸かる。頬は上気し、夢見る少女のようになっていた。伏せた金色の睫毛が影を落とす。ゆるく弧を描く微笑みは可愛らしく、再びまぶたを開ければのぞく青の瞳はきらきらと眩しい。身に着けるものは目も当てられないほど質素だったが、十人が十人振り返る美人だった。
そしてオリヴィアをオリヴィアたらしめることがもう一つ。
「はぁ……私の王子様は、一体どこにいるのかしら」
彼女は物語中毒だ。おとぎ話の世界に憧れ、いつか自分にも王子様が現れると本気で思っている。町の令嬢たちはそのことを知っていたから、オリヴィアをからかわずにはいられなかった。そこにオリヴィアの美しさへの嫉妬が含まれることは言うまでもないが。
オリヴィアにリンドールが出会ったのは一年前のこと。薬を卸しに町へ出向いた彼のところへ、手荒れに効く軟膏を求めてオリヴィアがやってきたのだった。初めて接するにも関わらず、リンドールはオリヴィアの快活さに胸が高鳴って仕方なかった。そして二回目に会う時にはすっかり、彼は恋に落ちてしまった。
「森の魔法使いさん。この間くださった軟膏、とっても効きました! ありがとうございます」
「っ……とんでもない。役に立ったのなら良かった」
「あら? そんな声をしていらしたのですね。私よりずっと年上なのかと思っていました。いつもフードを被っておられるからわからなくて」
「あぁ……これは。あまり顔を出したくない理由がありまして……」
「ぁっ。私ったら、気遣いができなくてごめんなさい。気を悪くされたかしら?」
「いいえ。そのようなことは。むしろこんな怪しい男にも声をかけてくれて、ありがとう」
リンドールにとっては人との会話自体珍しいことだったので、オリヴィアの気さくさを喜ばしく思った。だがそれより上をいく喜びがこの後すぐにもたらされる。
「怪しいだなんて。私、魔法使いさんはとってもいい人だと思います。顔はわからなくても、感じるもの」
「……顔はわからなくても?」
「えぇ、とっても優しい人よ! すぐにわかったわ。あの、もしよかったら名前を教えていただけますか? 私はオリヴィア」
すとん。
まっすぐ飛んできた矢がそのまま胸を貫いた心地がした。傷口から得体の知れない感情が広がっていく。リンドールは初めての感覚にしばし言葉を失った。
「あの? だめでしょうか」
「っ……オ、オリヴィアさん。わ、私の名はリンドール」
「まぁ! なんて綺麗な響きなのかしら」
味わうように何度も彼の名前を口にしたオリヴィアは最後、満面の笑みをリンドールに向けた。もうだめだった。色恋に耐性のないリンドールの心臓はどくどくと脈打つのに忙しい。
「私のことはどうぞ、オリヴィアと呼んでください」
「そんな。よいのですか?」
「もちろんです。ぜひ仲良くしてください」
「……で、では私のことも……リンドールと」
それから魔法使いは何日も眠れぬ夜を過ごした。
およそ一年間、薬売りの時だけ二人は顔を合わせ、話に花を咲かせた。穏やかで優しい時間だった。オリヴィアはいつだって、凛と立つ強く美しい女性だった。
そんなオリヴィアにも落ち込む夜が訪れる。王城で舞踏会が開催されるのだ。人一倍王子様に会いたいと願ってきたオリヴィアはもちろん行きたかった。だが、必ずドレスを着て行かねばならないという制約があった。彼女はドレスなんて持っていない。オリヴィアが泣いているという報告を蝶から受けたリンドールははじめ耳を疑ったが、いてもたってもいられずに家を飛び出した。
「泣かないで」
「っ……リ、リンドール?」
「僕が君を助けよう」
彼はほっそりとした手を取って庭に出ると、魔法で黄金の馬車を出現させる。目を見開いて驚く好きな人の頬はもう湿っていない。彼はほっと息をついてから、オリヴィアにも魔法をかけた。
「わぁ……綺麗! シフォンのドレスだなんて夢みたい。とっても素敵。すごいわリンドール」
一国のお姫様のような可憐な女性に見事変身した彼女のことを、リンドールは言葉少なに馬車に押し込んだ。オリヴィアが行ってしまえばきっと王子に会えるだろう。王子に会ってしまえば彼女は恋に落ちるだろう。王子は性格に少々難あれど、誰も否定できないほど端麗な容姿の持ち主なのだから。
「あぁ……」
ため息が零れた。ローブにはくしゃりとしわが寄る。
「……思ったより、痛いものだね」
舞踏会がどうであったかなどリンドールは知らない。知りたくもなかった。だけれども生活費のためにしぶしぶ町へ出れば、人々の話が嫌でも耳に入る。
「おい聞いたか? 今日も王子がこの町に来るらしいぜ。まったく物好きなことよ。なぁんでこんな辺鄙なとこの町娘に惹かれるんだか」
リンドールはすぐにオリヴィアのことだと思った。そうでなければおかしい。あんなに魅力的な人なのだから。……あぁ、二人は物語通り幸せになるのだろうか。王子が羨ましい。自分も彼のように精悍な容姿をしていればあるいは……。
しかし予想は裏切られた。
「リンドール! 助けてリンドール!」
「っ……オ、オリヴィア? 一体どうしたの」
気を落として帰宅したリンドールを驚かせたのはオリヴィアその人だった。記憶の中の姿より一層みすぼらしく、彼女は肩を小刻みに震わせている。
「ごめんなさい、リンドール……っ。あなたに話を聞いてもらいたくて、後をつけてしまったの……っ」
「オリヴィア。大丈夫だよ、泣かないで。僕に話してごらん。力になるから」
目の前の好きな人のことをどうにかしてあげたいと焦る中、リンドールはあれ、と思い至った。強く逞しいはずのオリヴィアが、自分の前でだけ弱さを見せる。自分の前でだけ、泣く。
……嬉しい。僕は今、途轍もなく嬉しい。
リンドールの胸は途端にはちきれんばかりに膨らんでいった。
「実はね、私……っ」
そして、弾けた。
「なんだって!」
王子は子どもの頃から大のわがままだった。欲しいものは強引な手を使ってでも手に入れる。そのよくない癖は大人になっても変わっていないらしい。一目惚れをしたと言ってオリヴィアに詰め寄る王子のやり方に憧れは霧散し、むしろひどく怖い思いを彼女は持て余していた。舞踏会の後、彼は連日屋敷にまでやって来て、よくわからない持論をまくしたてるのだそうだ。大金を積まれ、両親も揺らいでいるという。いよいよ家を追い出されてしまえばオリヴィアにはどこにも行くあてがなかった。
「っ……ねぇリンドール……私、王子様と結婚しなくちゃいけないの?」
「オリヴィアは王子が嫌いなの?」
「嫌いよ! 大っ嫌い! あの人、私の話も聞かず無理やり引っ張って……っ。もうあんな思い二度としたくないわ。王子様なんて嫌い……」
王子様なんて嫌い。
リンドールは小さく繰り返した。しわの寄ったローブのすそが視界に入って、自分が握りしめていたことに気づく。
「大丈夫だよ。オリヴィア。君のことは僕が守る。あいつがここに来たとしても、絶対に渡したりしない」
リンドールが強く言い切ると、オリヴィアは少し怪訝そうに「あいつ?」と呟いた。だがそれに答える時間はない。木の家の周囲に複数の足音がしたのだ。
コンコンコンッ
「っ!」
びくりと震えるオリヴィアにリンドールは短く言った。
「息を止めて」
まじないを唱える。姿を見えなくする魔法だ。
「もういいよ」
「何をしたの?」
「透明人間さ。ほら、静かに二階に隠れていてね」
「入るぞ!」
オリヴィアへの指示と、招かれざる客の乱入は同時だった。
「魔法使い! 誰と喋っていた!」
王子は荒々しかった。金の短髪がはらりと揺れる。くっきりとした目鼻立ちは男らしく、白、赤、金の王族服を着こなす体躯は野性味があったが、相手に与える威圧感も大きい。
「王子」
「軽々しく私を呼ぶな! 呼んでいいのは私のオリヴィア姫だけだ。次は無いと思え。で、だ。誰と喋っていた? 連れて来い」
「いいえ、この家には私一人だけでございます」
「嘘をつけ。騙されないぞ! お前が私の姫をかくまっていることは火を見るより明らかだ」
あぁ、どうしてこんなに横暴なのだろう。リンドールはため息をつく。
「どうしてそのように言い切れるのでしょうか」
「なぜなら兵の一人が、姫がこの森に入るのを見たと言っているからだ。この森に住む奇特な人間など、お前くらいしかいない」
「確かにこの森には私以外住人はいないでしょうが、誰もこの家を訪れてはおりません。どうぞ、お引き取りください」
「はぁ……手の焼ける。だったらこれでどうだ」
ドスンッ、という音と共に現れたのは金銀財宝の詰め込まれた四角い鞄。床板が軋む。
はぁ、だと? ため息をつきたいのはこちらだ。これまでも、これからも、この傍若無人な若者は人を金で動かすのだろう。リンドールはにわかにこの国の未来が心配になった。
「何をされようと、答えは変わりません。お引き取りを」
「くそっ、忌々しい魔法使いめ。おいお前たち、やれ」
これ見よがしに吐き捨てると、王子は控えさせていた兵に合図を出した。彼らはすぐさま動き出す。
「ご覚悟! う、うわぁっ」
馬鹿なんじゃないかな。魔法使い相手に剣がいかほどの役に立つ。舐められたものだ。
「お、おい! どうした兵たちよ! 怯まずに戦え! 命に代えてでも私の願いを叶えるのだ! オリヴィア姫を探し出せ!」
「っ……この、腐れ外道が!」
リンドールが冷静でいられたのはそこまでだった。兵の命を何だと思っている、とか、オリヴィアはお前のものではない、とか叫んだような気がした。
パチッ……パチッ……
薪が爆ぜる。炎がゆらぐ。夜は冷える。
「リンドール」
「うん?」
「リンドール……」
「どうしたの。寒い? 待っててね、今魔法で」
「違うの」
王子と兵たちを一網打尽に追い返した後、家の中には凪いだ時が流れていた。
「あのね。私のこと守ってくれて、本当にありがとう」
「ははっ。もうそれ三回目だよ。オリヴィアが無事で良かった」
「何度だって言うわ。ねぇ、本当にケガはしていないの?」
「平気さ。傷一つ付いていない」
「そう。あなたって、とても強いのね」
「いや、そ、そんなことないよ」
ぽりぽりと頭をかく。気恥ずかしかった。大事な人を守ることができた。嬉しい。そしてその彼女は今自分の家にいる。夢みたいだ。リンドールはどきどきした。
「リンドール」
「うん」
「私、わかったの」
「何が?」
「私の王子様はあの人なんかじゃない。あなたよ」
え?
「リンドール。あなたなの」
「っ」
その瞬間、時が止まった。いくら魔法使いでも時空に干渉することだけはできない。これはオリヴィアの力だ。
「私のことを守ってくれた、あなたこそ、私の王子様」
彼女はダイニングテーブルを回ってイスに腰かけるリンドールの前まで来ると、膝をつき、彼の両手を取った。フードを下から覗き込まれてしまえば、きらきらとした青の視線に射抜かれる。やはり時間は止まったまま。
「リンドール。あなたの素顔が見たいわ。ねぇ、だめ? 私、あなたがどんな姿でも驚かないわよ」
「だけど……これは」
「この先ずっとあなたの顔を知らないなんて、そんな悲しいことないと思うの。一度でいいからお願い。私を助けてくれた人のこと、もっと知りたいの。あなたのこと、知りたいの」
ぶわり。
血が巡って、全身が熱くなった。オリヴィアの想いが伝わって細胞が歓喜に打ち震える。リンドールは思わず呻いてしまいそうになった。
「だめかしら。……どうしても嫌なら、諦めるわ。私はあの人とは違うもの」
優しく唇を結んだ微笑みが映る。もしかしたらオリヴィアなら……、と彼は思わざるをえなかった。それを察したかのように、彼女はそっと持ち上げた手でフードに触れる。
はらり。
互いの距離は三十センチにも満たない。壁をなくした男女はしばらくの間黙っていた。先に沈黙を破ったのは柔らかな声。
「リンドール。どんな姿でも驚かないって言ったけど、ごめんなさい。逆に私びっくりしてるわ。あなた、どこまでも普通じゃないの」
「えっと、オリヴィア待って。違うんだ」
うん? と可愛らしく小首を傾げたオリヴィアの言ったことは真実だった。リンドールは、魔法使いといえばこんな風貌だろうと万人が思うような、当たり障りない姿をしている。そしてそれは本当の姿ではない。
「僕は容姿に、その……自信が無くて」
唾を飲み込む。声を絞り出した。
「ずっと自分に、魔法をかけ続けている」
「あら、まぁ。ふうん? つまりどういうこと? リンドールはこんなに背中の曲がった、しわしわのおじいちゃんじゃないってこと?」
「し……う、うん。まぁ、そうなるね」
「そうだったのね、良かったわ! あっ、じゃあ何? もしかして私たちって歳が近いのかしら」
「……かもね」
「わぁ! 嬉しい!」
はしゃぐオリヴィアにリンドールはどんどん毒気を抜かれていく。彼女の前なら自分のどんな悩みも矮小に思えてくるから不思議だ。
「ね、オリヴィア」
「なあに?」
「本当の僕が……たとえどんな姿でも」
「うん」
「君は受け入れてくれる?」
きらり。
青の瞳が煌めいた気がした。
「もちろんよ」
* * *
翌日、王国は歓喜に沸きました。七年前に行方不明になっていた第一王子が帰還したのです。そう、彼こそがリンドール。彼は生まれつきの色素欠乏ゆえ、髪と肌はあまりに白く、目は赤く、常人とはかけ離れた容姿をしておりました。古めかしい考え方を持つ王国貴族たちが口々に悪い噂を立てたせいで、リンドールは自分の容姿に自信を持つことができませんでした。そしてある朝、誰にも告げずに城を後にしたのです。彼は自らの見た目を変えるため、魔法を究める旅に出たのでした。
ただこの日、パレードで国民の前に立った彼は生まれたままの姿でした。せっかく魔法を使えるようになったのに、どうしてなのでしょうか? 理由は愛する人の言葉にありました。その人の真摯な言葉が、リンドールに勇気をくれたのです。そして彼は続けました。舞踏会を開きたい、と。もしもまだ自分に可能性があるのなら、ドレスを届けるから会いにきてほしい、と。
さて、舞踏会の日がやって参りました。オリヴィアはリンドールの蝶に導かれ、馬車に揺られ、コトコトとお城に向かっています。緊張でどうにかなってしまいそうでした。それはリンドールも同じ。果たして二人は本物の王子様とお姫様になれるのでしょうか?
* * *
ワルツが流れる。七年ぶりに立った王城の広間には懐かしさなどなかった。感じている余裕がないと言った方がいいかもしれない。そのくらいにリンドールはいっぱいいっぱいだった。
来てくれるのだろうか? それとも僕ではやっぱり、だめなのだろうか。
ぐるぐると考え事を続ける彼の意識をゴーンと鳴った鐘が引き戻した。広間の荘厳な扉が左右に開かれる。
「っ! なんと」
誰もが動きを止める。リンドールもまたしばし言葉を失った。
カツッ
カツッ、カツッ
二つの影がゆっくりと近づき、震える手を取り合う。そっと体を寄せ合い、ダンスのポーズを取る。指揮者が思い出したかのように指揮棒を振り直す。
「オリヴィア」
「リンドール」
流れ出す音楽。
「来てくれてありがとう。嬉しいよ」
オリヴィアがふっと微笑みを零す。ステップを踏む。二人は、他の誰にも聞こえない声の大きさで囁きあった。
「僕が贈ったドレスは気に入らなかった?」
「そんなことないわ。誤解しないで」
オリヴィアが登場した時、人々が驚いていたのは彼女の格好にあった。リンドールの弟の第二王子も、はじめこそ勢いよくイスから立ち上がったが、すぐに興味を失ったように座り直した。着古されてくたびれたワンピースはおおよそ舞踏会に来る格好ではないのだ。
「私、あなたに対して誠実であろうと思ったのよ。あなたが本当の姿を見せてくれたから。勇気が要ったでしょう? 怖くてたまらないんじゃないかしら。私だったら逃げ出したかもしれない。でもあなたは、その姿で、皆の前に立っている。堂々と、立っている」
「……っ」
「だから私も本当の姿で来るべきだと思ったの。お金持ちの貴族令嬢でも、英才教育を受けた子女でもないもの。私は私。オリヴィアよ。ねぇ、どうか、あなたがくれたドレスは、別の機会に着させてね? って、きゃっ」
考えるより先に動いていた。リンドールはオリヴィアを、騎士が姫にするように抱きかかえるとその場でくるくると回り出す。王族服の裾がはためいた。
「わぁっ! ちょっと、リンドール?」
ひとしきり舞ったと思えば、今度は下ろしたオリヴィアのことをリンドールがぎゅっと抱きしめた。熱くたぎる想いが溢れ出す。彼はそれをそのまま愛しい人にぶつける。
「オリヴィア、オリヴィア、オリヴィア……」
「は、はい」
「君が好きだ」
「っ……」
「君が好きだよ。世界の誰よりも」
好きで、好きで、どうしようもない。
「君のまっすぐなところが好きだ。明るい笑顔も、楽しそうに喋るところも、本が好きなところも、全部全部大好きだ。それから」
リンドールは王家作法で片膝を折ると、オリヴィアのことをじっと見上げた。
「繊細な部分も、弱いところも、すべて含めて尊いと思う。僕が君を守りたい。守らせてくれ。僕は君を……、愛している」
息を飲む音。
「どうか僕と、一緒になってくれませんか」
彼は右手を胸にあて、切に願う。愛する人と共に歩む未来を。
「辛く苦しいこともあると思う。それでも、君となら乗り越えていける気がするんだ」
ほろり。
オリヴィアの頬を涙が濡らした。彼女は慌ててそれを拭う。あなたに出会ってから私、涙もろくなってしまったみたい、と言いながら。リンドールは少し笑ってしまった。
「返事を聞かせてほしい」
一同が固唾を飲んで見守った。混じりけのない純愛を、誰もが応援したい気持ちになっていたのだ。
「僕と」
「はい」
「結婚してください」
「……もちろん」
そして立ち上がったリンドールは、この世で一番優しい口づけをオリヴィアに贈ったのだった。
* * *
真っ白な第一王子とくたびれたワンピースの町娘。どんなにか不思議なカップルに映ったことでしょう。だけれども二人はその後、繁栄を極めた王国随一のおしどり夫婦として、長きにわたり語り継がれていくのでした。
めでたし、めでたし。
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