僕は王子様になれないけれど、

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 王子はとして有名だった。  五年前、16歳の誕生日に海難事故に巻き込まれた王子は、人魚に魅入られたから船を壊されたのだと噂されていた。  人魚は嵐を呼び人間を溺れさせ、人魚の国へと連れていく妖と考えられている。だから漁師は普通、人魚が顔を出す日は船を出さない。しかし王家は「せっかくの王子の誕生日だから」と無理に船をだし、見事に海難事故を起こしてしまったのだ。  人々は皆王家が阿保だと言うわけにもいかず、 「王子は人魚に魅入られているので、悲劇に遭った」  というしかないのだ。  この話からわかるように国王は愚鈍で、王子もまた阿呆だった。ただし笑顔と中身のない適当な挨拶だけは上手にできるので、政治の実権を議会に譲り渡した「お飾り王室」としては十分な存在だった。  王子は黒目黒髪、美貌の阿呆。そして手に負えない色好みだった。10代にして顔と立場を利用して令嬢メイド尼僧家庭教師、相手を選ばずを取っ替え引っ替え、身籠ってしまった女は身分に応じて将来の側室の約束を取り付けたり、手切金を渡したりしていた。  だから王子がいきなり絶世の美貌の娘を拾ってきたのも、周囲は「いつものことか」と呆れるだけだった。むしろ天涯孤独で身元もわからない、何も喋らない娘だったので飽きたら捨てればいい、と安心したくらいだ。  王子はその娘にアリアと名前をつけた。  絹とモスリンで仕立てた高級なドレスを着せられたアリアを、王子はまるで人形を愛でるかのように寵愛した。普通の令嬢なら嫌がるような、野山に森に山にと、あちこちの遊びへと連れ回した。  アリアは黙ってニコニコと、軽やかな足取りで付き従った。  アリアは王子の寵愛を一身に浴びたので、王子の寵愛を求める女たちの恨みを買った。王子は色好みの阿呆だが腐っても王子。見目よくさらに身籠れば貴族令嬢なら側室確約の相手なので、貴族令嬢の恋の相手としては人気だったのだ。 「どこの馬の骨とも思えない不気味な娘ね。気持ち悪いったらありゃしない」 「どうせすぐ捨てられる雑巾だから、私たちの靴底を磨いてもよろしいわよね」  アリアは言葉で言い返せない分、王子のいない場所ではさまざまな嫌がらせをされてきた。着替えられない場所でドレスを水浸しにされてしまったり、間違ったふりをして雨の庭園に閉じ込められたり。  異常に猫に怯えることが発覚した次の日は、令嬢たちはこぞって自慢の猫をけしかけ、アリアを襲わせた。  礼儀作法も知らない彼女のテーブルマナーは貴族令嬢たちの笑い物になった。  女だけのサロンから泣きながら帰ってきた彼女を見たこともある。  どうやら「服を返して欲しければ踊ってちょうだい」と下着姿で踊らされていたらしい。  アホの王子に群がる女も皆アホだ。ただただゾッとするしかなかった。  なぜそれらのいじめの実態を知っているのか。  それは僕が、王子に命じられたアリアの世話役だったからだ。
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