僕は王子様になれないけれど、

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 ずっと公にはされていなかったが、隣国の姫は阿呆王子の婚約者だった。  非公式だった理由の一つは王子の色好み。  そしてもう一つの理由は、隣国の姫には隣国の法律により、数年間修道院で修める花嫁修行が必要だったこと。隣国の姫は修道女のように戒律に厳しく、貞淑かつ規律に厳格な姫らしい。  隣国と我が国の力関係は、明らかに我が国の方が上。しかし隣国は他の帝国や別の強国と隣接した土地なので重要な婚姻だった。  僕はずっと願っていた。王子の色好みが災いして潔癖な姫との決定的な婚約破棄になることを。  しかし正式な婚約を結びに隣国へ赴いた王子は、なんと一目で姫に恋に落ちてしまう。  色好みの王子にとって唯一忘らない運命の相手が彼女だった。  16歳の時の悲惨な海難事故、そこで浅瀬に打ち上げられた王子を助けて介抱した修道女こそ、身分を隠した隣国の姫だったのだ。 「ああ、姫。あなたは流れ着いた僕を、献身的に助けてくれた淑女(ひと)だったのですね。あなたの事がずっと知りたかった。けれど大臣からメイドまで誰一人貴方が誰か教えてくれず、ずっと心が張り裂けるような気持ちだった……」  人に感謝できる脳みそくらいは残っていたらしい。  けれど激しく女遊びしながら、よくもまあ抜け抜けと。女遊びは人探しのつもりだったとでも言いたいのか。  僕は白けた思いで、見つめ合う二人を眺めた。 「もったいないお言葉を賜り恐縮です」  姫は可憐だったが一般的な審美眼としては、決して抜きん出た容姿ではない。  しかし背筋を伸ばし、高価なドレスや宝玉を纏っても霞むことのない佇まいは、まさに高貴な姫そのものだった。  彼女は王子へと、上品に微笑んだ。 「修道院内でも身分を偽って修行をしておりました。なので御国の方々は本当に、私があの修道女だとご存知なかったのでしょう」 「ああ、姫……。あなたが婚約者で僕は幸福です。どうか私の妻となってください。運命の人よ」  王子は今までにない目の覚めた表情をして、彼女に愛を告白し、婚約を申し込んだ。 「はい。共に両国を盛り立てて参りましょう」  嵐のような展開だった。  鳴り止むことのない拍手。そんな広間の片隅で呆然と抜け殻のようになっているのはアリアだった。アリアは何の音も聴こえていないような表情をしている。 「アリア……」  なぜかアリアは、命のように大切なものをごっそり奪われたような正気のない顔をしていた。彼女が王子に恋をしているのは知っている。けれどそれ以上、何か大きなものを喪失してしまったようなーー  僕の声も、彼女には届かない。  その日のうちに僕は、彼女の世話役の任を解かれた。
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