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「あの…………」
僕はベンチに腰掛ける彼女に声を掛けた。
きっと変わるなら今だと思ったから。
それは多分、彼女を助けたかったのではない。
ただ自分が救われたかっただけだ。
別にヒーローになんてならなくていい。
そんなもの、端から成れるなんて思っていないし、望んでもいない。
でも…………
だからといって、物言わぬ、物分かりのいいマジョリティーになっていいわけじゃない。
「っ⁉」
不意に声をかけらえて、ビクッとなるも、直ぐに彼女はベンチから立ち、構えを取った。
その一連の動作は淀みなく洗練されていた。
「すいません」
「なに?」
訝し気な表情を浮かべ、僕を睨む。
華奢で可愛らしい見かけと違い、思ったよりもその声は低く鋭いものだった。
警戒心も働いているのだから、当たり前と言えば当たり前ではある。
彼女の様子は非常に落ち着いているように見えた。
一方で僕の方の緊張はどんどん増してる。それに伴って心臓なんて馬鹿になってしまったんじゃないかってぐらい、バクバクしていた。
「あの、僕は__」
そして、僕は自分がどうして声を掛けたのか、声を掛けなくてはならないと思ったのかを、早口なのに説明はたどたどしいという非常に人をイライラさせる口調で彼女に話した。
そんな僕の言葉を彼女は黙って聴き、だいたい言いたいことが伝わったぐらいで大笑いしだした。
「あははははっ!」
「えと?」
「ははは、いやーゴメン。心配してくれたんだね、ありがとう」
「あ、いや」
「君みたいな人がいるんだから、人間は捨てたもんじゃないよね」
「あの」
「ああ、ごめんごめん。君が心配している様な事は何もないよ」
「でも、よくアザが__」
「私さ」
彼女は僕の目をしっかりと見て、自信にあふれた笑顔で言った。
「空手やってるんだよ」
その表情は、とても誰かに虐げられたりしている人が出来るようなものではなかった。
真っ直ぐに自分の道を歩いている人の顔だった。
そして、その一言で全て得心がいった。顔や体によくアザができていたこと。
不審者(僕)に、突然声を掛けられても、落ち着き払った態度で応じたこと。
「す、すいません」
余りの恥ずかしさに、僕は直ぐにその場を立ち去ろうと、背を向けて歩きだろうとした。
「ちょっと待って!」
「すいません」
言われて待つはずなんてない。恥ずかしさで死にそうなんだから。
僕は走り出そうとした。一刻も早くここから離れたかった。
本当に初めから助けを求めていたのは自分だった。
なんて情けない。誰も助けなんて必要なかったのだ。
逃げ出そうとすると、僕は手を掴まれた。
「待ってってば!」
「い、急ぎますんで」
掴まれたその手を振り払って、駆け出そうとするも、全く振り払えない。
それどころか振り回すことすら出来ない。
「落ち着きなってば」
そう彼女が言うと、次の瞬間。
僕は浮遊感に襲われた。
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