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拾った子猫が、化け猫だった。
数年前に雨に降られてみゃおみゃお泣いていたちいさな猫。ちょうど私も猫を飼おうと思っていたところで、拾ったその子に餌をやった。病院にも連れて行った。たくさん愛情を注いで育てた。
そうしたらずいぶん大きくなって、ふてぶてしい顔つきになって。それでも可愛くってしょうがないから大事に育て続けている。
ひとりと一匹の気ままな暮らしをしていたある日のことだった。すっかり私の愛猫となったその子――ゴンが口をきいたのだ。
「俺は化け猫だ」
それはもう、腰が抜けるほど驚いた。だけどゴンなら似合うな、なんてのんきなことも考えた。最初は手のこんだイタズラかと思ったけれど、私にそんなことを仕掛ける相手なんて思い当たらない。もしかしたら本当に化け猫なのかもしれない。
「ミユ、お前にはたくさん世話になってるからな。お礼にお前が会いたいニンゲンの姿になってやる」
「……そんなこと、できるの?」
喋っただけでも衝撃的なのに、とんでもない提案までしてくる。思わず聞き返すと、ゴンは得意げに鼻を鳴らした。
「当たり前だ。化け猫だからな」
ほうと感嘆の息が漏れる。私の反応が面白いのか、ゴンはまた鼻を鳴らす。
だけど、会いたいひとなんて。誰もいない、とは言わないけれど、会いたいような会いたくないような気持ちになるというか。
私の気持ちを見透かしたように、ゴンはてしてしと前足で床を叩いた。
「言わなくていい。誰に会いたいのかくらいわかるからな。見てろ、ミユ」
そうして、くるりと尻尾を回す。するとそこから煙が湧いて出た。火事かと焦る間もなく、ゴンの姿が白く消える。
「ゴン!」
慌てて名前を呼ぶと、煙は幻だったかのようにすっと消えた。そして、ゴンがいた場所には――。
「おかあ、さん」
数年前に亡くなった母の姿があった。
やわらかい微笑みも、ちょっと汚れたエプロンも、整える暇がないと笑っていた髪もあの頃のまま。
「美結」
あたたかな声が私の名前を呼ぶ。その声に導かれるように、私はお母さんに手を伸ばした。髪に触れて、ふと思い立つ。
「待って、今……」
いまなら、あのときできなかったことができるかもしれない。私の心残りが。
お母さんが譲ってくれた鏡台の引き出しを開き、中に入れてあるヘアオイルと櫛を取り出す。座って、と言うとお母さんは素直に鏡台の前に腰掛けた。
ちょっとばかり奔放すぎるほどに跳ねた髪を整えていく。どの毛束もツヤツヤになるように、いつも自分でやるよりずっと丁寧に。
綺麗になった髪を見て、お母さんは嬉しそうに笑った。
「お母さん、私……」
ほんとうは、ずっとこうしたかった。身だしなみなんて二の次だと笑うお母さんに、たくさんおしゃれを楽しんでほしかった。できることなら私が綺麗にしてあげたかった。
溢れ出す思いは言葉にならなくって、つい俯いてしまう。
「ありがとう、美結」
心の底から嬉しそうな声が、耳に届いた。
そうしてふわりと煙が揺れる。気がつけば、鏡台の椅子にはゴンが乗っているだけだった。
「ごめん、ミユ。俺の力じゃこれだけの時間が限界で――」
「ゴン!」
そのちいさな身体に抱きつく。ありがとう、と呟くと、ゴンはやっぱり鼻を鳴らした。
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