序 畳の隙間

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◇  俺は騙されたのだ。  こんなことになるとは露ほども考えていなかった。  蒸し風呂のように暑く湿った狭く真っ暗な部屋の中でガクガクと肩を小さく震わせながらそのように思う。いや、真っ暗と言っても僅かに隙間は空いている。1センチほどの腰板障子の隙間からはその幅のまま室内に月明かりがキリリと差し込んでいる。それが畳の線に沿って伸び、こちらとあちらの境界線を形作っている。  それが、その光が彼我を隔てているのなら。そう考えるといっそうのこと障子を大きく開け放ってしまいたい。この距離を、もっと。  けれどもあいつは言っていた。この細い線が良いのだと。  これ以上開けてしまうと境界にならないらしい。ただの不連続面だ。刀の刃先のように鋭く細い光で在るからこそ、闇に住まうものどもはそれを越えるのを躊躇するのだと。  ホホウとフクロウが鳴く音がする。時間は確かに経過している。もう少し、もう少しで目の前のこの何者かは消え失せて朝が来る。早くこい、朝。  引き攣る口元から不意に漏れた、ふぅ、という息も妙に熱く、あわてて口元を塞いだ。こちらの存在を目の前にいるはずのそれに気取らせてはならない。決して。
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