1章 奇妙な縁

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「どうしてそんなにお金がないのです?」 「なぁに在るところに金が集まっていくように無いところからは金が逃げてっちまうのさ」  見栄を張って格好良く答えても、そんなものは俺の心を鎮める役にすら立たなかった。隣に座る土御門のパリッとした清潔な出立ちは一晩中丁半(博打)に明け暮れて汗染みていた俺を苛立たせるのに十分だ。  蕎麦屋の亭主の表情からも、なんでこんな場末屋台に高貴なお方がいらっしゃるんで? といった困惑が溢れていた。  持つ者と、持たざる者。  ある者にはわからないのだ。金のない理由など。おそらく土御門はこれまで金に困ったこともないのだろう。  借金でも在るのか、と心配そう、でもなさそうにも見える様子で小首を傾げる土御門に反射的に借金なんてねぇと言い放ったが、よくよく考えると飲み屋のツケは多少ある。実質は借金と同じである。  それ以上は答えずにずるずると蕎麦を啜っていると、チリン、と店先の風鈴が涼やかに舞い、それに対抗するように朝一番の蝉がジィと気勢をあげた。今年の夏は暑い。今日もきっと暑くなるだろう。  土御門はふぅん、と明け行く空を見上げ、頓狂な提案をした。 「お金が欲しいのですよね? ではお化けが出るか確かめてくれませんか。お給金をお支払いしましょう」 「突然何を言いやがる」 「突然も何も、お仕事の依頼ですよ。どうも築地本願寺の裏手にある長屋でお化けが出るんですって。なぁに1週間も泊まり込んで頂ければ結構です。最後の朝が明けた時、お金をお支払いしましょう。そうですね。50円でどうですか」 「ごっ50円……だと?」  思わず目を剥く。大卒銀行員の初任給が8円の時代だ。日雇いなら毎日休まず働いたってせいぜい5円程度。50円が一週間で手に入る、だと?  一も二もなく飛びついた。 「よし、頼まれた」 「ありがとうございます。このお金にお金が集まるとよいですね」  土御門はにこりと微笑む。  俺はこれまで幽霊なんぞ見たことはない。この明治の世でお化けなんているはずもない。その時はそう思っていた。  だから、再び蕎麦に向き合った俺は土御門のその口角がさらに不敵ににやりと上がったことには気づかなかったのだ。
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