寝ても醒めても

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 遠くで微かに雀の鳴く声がした。そして頬を撫でるひんやりとした冷たい風と、私を包み込む温かい毛皮のような感触。長い毛並みがそよそよと風になびいて、剥きだしの素肌をさわさわとくすぐる。 (あったかい……)  昔、幼い頃に飼っていた犬や猫を思い出す。あの頃も彼らを抱きしめると、こんな温もりが感じられた。外気の涼しさに対してちょうど良い温もりで、抱き心地が良過ぎて眠気に勝てる気がしない。大きな石でも持ち上げるかのようにまぶたも重い。  そのままその温かい胴体に腕を回し、背中の毛並みをゆっくりと撫でた。思っていた以上に毛が長くて、フカフカの絨毯を撫でるようなその感触に、思わず調子に乗って何度も撫で回す。 「ふぉ…ふぅ~」  耳元で熱い吐息が漏れるのを感じ、首筋をペロンと生温かいものが滑る。直後にその箇所が、空気にさらされて冷えるのを感じた。これはもしかして……舐められた? (待って。独り暮らしで動物なんか飼ってないけど!?)  無理やりまぶたをこじ開けると、視界にぼんやりとした灰色の塊が映った。それは焦点を合わせる前に私からスッと離れ、目の前からいなくなる。 「待って……」  横向きに寝ていた私はとりあえず仰向けになり、徐々にピントを合わせていく。見慣れない天井、見慣れないルームライト、見慣れないモノトーンでまとめられた家具に、生活感のない殺風景な部屋が視界に広がる。少し離れた壁に水色のスクリーンカーテンがあり、隙間から朝の陽光が差し込んでいた。窓は網戸になっていて、そこから涼しい秋の風も入り込んでいる。 (ここ……どこ?)  そう思ったのも束の間で、何より先程の灰色の正体が気になった。もしあの感触が夢でなければ、相当大きな獣を抱きしめていたことになる。  簡素なスチール製のベッドから冷たいフローリングの床に降り立ち、未だにぼやけ気味の視界で灰色の物体が去って行った方向へ向かう。  部屋を出ると真っすぐに伸びる薄暗い廊下が見え、その先には玄関があった。右側には細長いキッチンスペースと、左側には扉が二つ。扉の間にはドラム式の洗濯機と洗面所があり、その洗面所右横の扉だけがわずかに開いている。 (玄関が開く音はしなかった。ってことは、あの扉に入ったんだよね……)  扉はスライド式のすりガラスで、廊下の暗さも相まって遠目では中の様子が全くわからない。一歩、また一歩と近づくと、扉の向こうから微かにシャーという水音が聞こえた。
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