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「いや、昨日は俺の方こそ長い時間付き合わせちゃったから、それはいいんだけど……でもそんな恰好で平然としていられると、俺も抑えが利かなくなりそうでね」
そう言ってシルバは、私の両膝を褐色の片膝で割って耳元に近づき、
「もし要ちゃんがOKなら、俺は今からでも構わないけど?」
と、吐息交じりに囁いた。途端に脳内で警鐘が鳴り響き、咄嗟に彼の厚い胸板を押し返す。
「着替えたらすぐに帰ります!!」
そう叫んで、先程の寝室兼リビングへと逃げ戻った。すると後ろから「そんなに慌てて逃げることないのに」と笑い交じりの声が追いかける。
「からかったんだ? 酷い」
部屋を改めて見渡すと、カーテンレールにハンガーがかかっており、そこには昨日着ていたブラウスとパンツが丁寧にかけられてあった。おもむろにそれを手に取り、そそくさと着替え始める。
「半分は本気だよ?」
振り向くと、未だにバスタオルを腰に巻いただけのシルバが部屋の入り口に寄りかかり、腕を組んでこちらを眺めていた。
「……」
「ゴメンて。せめて朝食だけでも食べてけば? お詫びにフレンチトースト作るからさ」
「わかった。それで手を打つ」
「そうこなくっちゃ」
こうして私は、予想外に絶品なフレンチトーストにありつき、あっさりと溜飲を下げるのだった。
*
「もう少しゆっくりしてけばいいのに。俺はもうちょい要ちゃんと仲良くしたいんだけどな」
玄関でパンプスを履く私を見下ろしながら、シルバは本当に残念そうに嘆いた。黒いTシャツと灰色のトレパン姿に着替えた彼だが、長身でスタイルがいいせいかそれだけでも凄く様になっている。
「今日は休日出勤だから」
そんなのは嘘だけど、こうでも言わないと何だか流されそうで、先ほどから脳内で警鐘が鳴りっぱなしだ。
「あの……シルバさん」
「シルバでいいよ。何?」
「本当に何も飼ってないの? ギンジって犬を飼ってたって言ってなかった?」
昨夜Coffinで聞いた話だ。シルバの飼っていたギンジという仔犬が迷子になり、Coffinのマスターに拾われたことで二人は出会ったのだと。そして当時仔犬だったギンジも、かなり大きくなったと言っていた。
「飼ってないよ。ギンジが居たのは随分前だし。もしかして要ちゃんが見たのは、ギンジの幻かもな」
「そう……なのかな?」
「それよりさ、今夜もし暇なら俺の店に来ない? 俺が皿回すし」
そう言って手を振りながら笑顔で見送る彼の姿を最後に、私はシルバの家を後にした。
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