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真相
見慣れない部屋で香澄は目を覚ました。覗き込む顔が日差しを遮る。頭がずきりと痛んだ。
「よう香澄、目が覚めたか?」
「宇津木先輩?」
「そう、間一髪で香澄の命を救った英雄であり名探偵、宇津木先輩だ。」
宇津木は白い歯を見せると、まぶしさに目を細める香澄に配慮して病室のブラインドを半分だけ下げた。
香澄が健吾の3階の部屋を訪れていたとき、ちょうど宇津木は4階の捜索を終えたところだった。香澄との電話で危険を察知した宇津木は、すぐに3階に引き返し健吾を取り押さえたのだ。
「先輩、お兄ちゃんは無事ですか?」
「違う病室にいるよ。精神科病棟で拘束されてる。正気に戻るまでもうちょっと時間がかかるだろうな。」
宇津木の言葉で香澄は安堵した。それから重要な疑問を思い出した。
「先輩は入ったんですよね、403号室。何があったんですか?呪いをかけるご神体?」
「いいや、ご神体なんて無かったよ。あったのは室内をまるごと覆うビニールシート、それから天井に敷き詰められたLEDライトとエアフィルターさ。」
「何それ?なんだか植物を育てるビニールハウスみたい。」
「みたい、じゃなくてビニールハウスそのものだよ。団地の住民にはもう一つの顔があったんだ。」
宇津木は香澄に顔を寄せると秘密を打ち明けるように囁いた。
「彼らは大麻の栽培農家だったんだ。」
その後、宇津木から告げられた真相に香澄は言葉を失った。
密売組織は市内で理想の土地を探していた。そして夢が丘オーロラ団地はうってつけだった。世間から隔絶された寂れた高齢者団地の一室で、大麻の大量栽培が行われているとは、警察も夢にも思わないだろう。まさに盲点だった。そうして何年も前からA-4号棟の住民たちは組織に買収され、組織が借り受けた一室で大麻の栽培を請け負うようになった。
しかしすぐに二つの問題が持ち上がった。一つは匂いだ。いくら専用のフィルターを回しても、大量に花開いた大麻の香のような匂いは除去しきれない。もう一つは新しい入居者だ。新しい入居者によって違法栽培を探り当てられるリスクは倍増する。
団地の住民たちは二つの問題を一挙に解決する策を思いついた。それは嘘の信仰と呪いをでっちあげることだった。彼らはご神体の供物という名目で香の匂いを正当化し、容易に栽培室に立ち入って水や肥料の世話をした。
また彼らは新しい入居者に対して度々差し入れをした。入居者たちは人当たりのいい老人たちの差し入れを疑いもなく受け取っただろう。しかし、そこには十分に熱を通した大麻の粉末が大量に溶かされていたのだ。
大麻を盛られた入居者たちの最初の反応は、多幸感とみなぎる意欲、そして食欲の増進だ。やがて乱用者と同じ症状が現れる。
大麻精神病。
入居者たちは徐々に情緒不安定になり、恐ろしい幻覚と妄想に支配された。憔悴した彼らにとって、それはまさに呪いだった。
彼らは皆、逃げるように団地を後にした。
差し入れを断り続けた者もいた。彼らの運命はさらに悲惨だった。
「失踪した住民たちは団地の高齢者に殺されたの?」
「あるいは密売組織によって直接手を下されたのか。いずれにせよ失踪の裏に密売組織が関与しているのは間違いないよ。」
「ねえ先輩。兄の話を最初にしたとき、どうして違和感に気付いたの?」
「君のお兄さんの様子が薬物乱用者の初期症状にそっくりだったから。それにね、大麻の正式な学名を教えようか?カンナビス・サティ―バっていうんだ。カンナビさんってのは趣味の悪い言葉遊びだったんだよ。」
香澄が窓の外に目をやると、澄んだ空の下で緑から赤へと色づき始めた木々が風に揺れるのが見えた。宇津木の手がやさしく香澄の肩に触れる。添えられた手に自分の手を重ねようとしたとき、かすかに甘い香の匂いがするのを香澄は感じた。
END
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