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由来
団地に入居してしばらく経ったある日。健吾は階段の入り口で両手に買い物袋を提げた老婆と一緒になった。老婆は足が悪いらしく階段を上がるのに苦労している。
「荷物、持ちましょうか。」
買い物袋を引き受けると、健吾は2階にある老婆の部屋まで運んでやった。老婆はたいそう感謝して、お茶とお菓子があるからと健吾を自宅に招き入れた。
話によると、老婆は50年以上この団地に住んでおり、夫に先立たれた後も一人慎ましい年金生活をしているとのこと。健吾はふと思い立って、例のカンナビさんについて聞いてみることにした。
「そうですか、そうですか。それはさぞびっくりなさったやろうねえ。」
老婆は皺だらけの顔に満面の笑みを浮かべると、カンナビさんについて語り始めた。
遠い昔、この団地が竣工されてしばらくたったとき。敷地内で不穏な出来事が立て続けに起こるようになった。先天的な奇形を持つ赤ん坊が次々と生まれたのだ。住民たちは、これは何かの呪いだと考えた。そこで、この土地について徹底的に調べることにした。そしてある事実が明らかになった。
この土地は太古の昔から、ある産土神によって守られていた。村人たちは産土神へ日々感謝の祈りをささげ、貢物をお供えしてきた。産土神を祀る祠は代々村人たちによって受け継がれ、丁重に管理されてきたのである。
しかし戦後、都市圏近郊に集合住宅が量産されるようになると、この土地にもその波は訪れた。産土神が守り続けてきた土地は新たに開発され、古い祠は取り壊された。そして、その上にこの団地が建造されたというわけだ。
当時の住民たちは、産土神の祠があった場所にもう一度、神様を受け入れる場所を作り祀り称えることにした。それがちょうど、このオーロラ団地A-4号棟だった。以来、災いはぴたりと収まったそうだ。
「神奈備というんはね、神様が宿る場所という意味なんや。当時の住民は、この棟の最上階に神奈備を作りはったんやね。それ以来、私らもカンナビさん言うて、あの部屋をずっとお守りしてきたんよ。」
なるほど。事情が明らかになると不気味な感情も少しは安らいだ。
「それで、この建物にはお香の匂いが立ち込めているんですね。」
「そうや。カンナビさんはな、お香の匂いが大好きなんや。だから私ら古くからのもんが毎日、カンナビさんの所に行って、お香を絶やさないようにしてるんや。」
「でも、どうして新しい住民は4階に立ち入れないんです?」
「それはな、カンナビさんが恥ずかしがりやからや。だから知らんもんが行ったらな、カンナビさん怒ってしまいはる。」
「カンナビさんが怒ると、どうなるんですか?」
健吾が質問すると、それまで目を細めていた老婆の顔が一瞬にして能面のようになった。
「呪われるに決まっとるやろう。」
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