異変

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異変

 それからまたしばらく経って。香澄は突然兄から呼び出された。いつものファミレスで待っていると健吾が遅れて現れた。背中を丸め、両手には膨らんだリュックを抱えている。何度も辺りをきょろきょろ窺ってから、ようやく香澄の前に腰を落ち着ける。  香澄は久しぶりに会う兄の顔をまじまじと見つめた。髪の毛も髭も伸び放題、頬はこけ、眼球は赤く充血して今にも眼窩からこぼれ落ちそうに見開かれている。  「お兄ちゃん、大丈夫?相当顔色悪いけど。創作、うまくいってないの?」  香澄の問いに対して健吾は辺りを窺ってから小声で応じる。  「いや、執筆活動は順調だ。相変わらず次から次へとアイデアが沸いてくる。ただな、俺の作品を盗もうとする奴がいるんだよ。どういうわけか、この才能に勘付いて、今執筆中の作品を盗もうとするんだ。」  「何それ?盗作ってやつ?」  「ああ。ずっと俺を監視して盗作の機会を窺ってるんだ。朝も昼も夜もずっとな。おまけにパソコンの中にまで侵入してきやがった。だからもうパソコンは使えない。おちおち外出もできないんだ。家を空ければ、たちまち奴らが盗みに来るからな。」  「お兄ちゃん、そのバックの中身って・・。」  香澄はパンパンに膨らんだリュックを指さした。  「原稿だよ。盗まれないように持ち歩いてるんだ。でもリスクが高すぎる。奴らにとっちゃ、俺を襲って原稿を持ち去るなんて朝飯前だからな。そういうわけでな、香澄。しばらく外で会うのはこれで最後だ。俺は作品を書き上げるまで部屋から出ないことにする。」  「部屋から出ずにどうやって食べていくのよ。」  「老人たちの差し入れで食事は賄える。ただ、家賃がな・・。」  香澄は呆れて言葉を失った。まさか学生の自分にお金の無心に来るとは。だが、病的なまでに切羽詰まった兄の様子を目の当たりにして、すぐには否と言えなかった。  健吾と別れてから香澄はふと思い立って携帯を手に取った。呼び出し音の後に宇津木の陽気な声が響く。  「よう香澄。ちょうど俺も連絡しようとしてたんだ。」  香澄が語る兄の様子を宇津木は黙って聞いていた。それから一転、深刻な声に変わる。  「実はな、さらにあれから調べたんだ。あの団地・・、A-4号棟だけどな。この10年間に入居した住民は、全員半年以内に退去してる。もれなく何かしら精神に異常をきたしてな。さらに行方が分からず消えてしまった人間が何人もいるんだ。」  「それって・・。」  「ああ。退去した住民の一人がこう言ったそうだ。『あそこに住むと呪われる』ってな。」
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