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私の視線から逃れるように、夫は常用のコートをはおりました。
「ちょっと出かけてくる」
「またお出かけですか。今日ぐらいゆっくりしたら良いのに」
首を横に振った、夫の背中は丸まっています。やはり何かあったのだと思いました。
彼は私より十六歳年上とはいえ、寒さに身を縮めるような人ではありません。
大きな子たちと下宿人が、昼食の後片づけなど家事と小さい子たちの相手をしてくれている間に、私はひとり出かけました。
市場に行って食材を選ぶのです。何しろ下宿人を入れると我が家は十四人。上手く手配しないと、家計が大変なことになります。品物を選びさえすれば、馴染みの店員が家まで届けてくれます。市場の人たちは、何かと手間を省けるよう助けてくれるのでした。
一日で一番陽の高い時間になっても陽ざしは雲の切れ目からわずかしかなく、鈍く照らすことしかできません。行き交う人々の息、漂う焚火の煙が白みを帯びた景色に溶けるようでした。
待降節は長い冬のはじまりを耐えやすくするために、この時期なのでしょう。
市場街と商店街の交差する一角に、人々を見下ろすような大きなモミの木が据えられています。「私たちのクリスマスツリー」と呼ばれています。
大きな金の星がてっぺんに輝き、赤や黄や銀の光沢のある飾りが美しく、買い物や散歩に来た人たちが足を止めています。銀と白のヴェールに覆われた風景のなかで、ここだけ色みが豊かで現実を忘れます。視界に入ると、心が温められます。
慰めを得て、私は踵を返しました。そして、織物会館に続いて立ち並ぶ店の前を通りすぎようとしました。
何軒か向こうの店の扉が開いて、見慣れた人が出てきました。顔は見えませんでしたが、恰幅のよい後姿は夫に間違いありません。
声をかけようと思いましたが、彼が出てきた店が女物の洋品店なので、はたと足を止めました。一体何の用事だったのでしょう。
再び扉が開いて、立派なご夫人を店主が見送ります。私はとっさに、荷馬車の陰に身を引っこめました。
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