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哀しく愛おしい気持ちを抑えることができず、私は夫の背中に抱きつきました。 「私のレーナ、どうしたのだ」 「あなたが何かお困りの様子なのに、何もできないのが哀しいの」 「ああ、君には隠しておけないな」 夫は背中越しに言いました。 体温を感じながら、訊ねました。 「何か隠しておられたのですか。何でしょう。少し怖いわ」 「怖くなんかないさ。ただ、ね」 夫は立ち上がり、私を胸に抱きよせました。 「今週、結婚記念日だろう。それも十周年。一日休みたかったがダメだった。理事長の私的な用事について行かねばならなくて。すまない」 理由がわかりホッとして思わず言いました。 「まあ、あの、嬉しいわ」 「休めなくなったのに?」 「いいえ、そりゃお休みだったら尚嬉しいけど、このような時期に結婚記念日のことを考えてくださっていたのね」 「何しろ十周年だからね」 「そんなになるのねえ」 「それで、君への贈り物を注文しておいたのだ、娘たちと相談して美しいドレスを」 「あのお店ね、織物会館(ゲヴァントハウス)近くの」 「なぜそれを……」 「今日あなたが洋品店から出てくるのを、見てしまったのです。ガッカリしているのが背中でわかりました」 「そうだったのか。事情があって仕方のないことだが、結婚記念日に間に合わないと知ったところだった。その日に着てほしかったのに」 「嬉しいわ」 「間に合わないのに?」 「記念日のためのお心遣いが。あなたの優しさが」 「その代わりと言うわけではないのだが、良い話をオルガンの弟子の親御さんから聞いたところだよ」 「まあ、何ですの」 「鉱山会社の社債を毎年寄付してもらえることになった」 「それは、どういうことなのです」 「利益をもらえる、ということだよ。これで君もやりくりの苦労が減るだろう」 「まあ、それは、嬉しいわ」 「結婚記念日の話から現実的過ぎるけれど、良いことだから早く言いたかった」 「ええ、一時でも早く聞けて良かったです。ありがとう、あなた。不断の努力が報われて本当に嬉しいですわ。でも大伯母様が聞きつけたら大変」 私が首をすくめて笑うと、夫も声をたてて笑いました。 「ああ、あの方は飛んできそうだね。もちろん言いふらす気などないが、私たちの間だけに留めて置こう」 ふたりして笑うと何だか余計に面白くて、大伯母様に感謝したくなるほどです。 夫は仕事の続きに取り掛かりました。私も隣で写譜屋から戻ったものに間違いがないか、目を凝らしました。 窓の外に、白いものが舞っていました。待降節の三日目は雪景色になるのでしょうか。 どんなに厳しい冬の寒さも、あなたがそばにいるならば、私はいつも温かい。この幸せがずっと続きますように。
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