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「さあ、ライブももうすぐじゃし今日も張り切って配信するぞい」
「その前にいいずらか」
「なんだすか? ガリガリ氏」
四人は昔のあだ名で呼びあっている。辛かった過去を忘れず逆にバネにするためである。
「セ☆バス☆チャンのエゴサーチをしてたらこんな書き込みを見つけたずら」
そう言ってジンギスの中の人であるガリガリは動画つきの文章を提示した。
『ゴリラ顔の男がセ☆バス☆チャンの歌を歌っててしかも上手いのマジ草』
動画を視聴した三人は驚愕した。特にメリノ役を務める男は額のシワに汗を溜めた。
「こ、これは……ゴリ氏!?」
「普通に人前でセ☆バス☆チャンの曲を歌ってるだす!?」
「あ、あの時の……。ま、まさか、撮られでたなんてぇ……」
三人は顔を青ざめる当人を問い詰めた。するとしゃくれた顎を動かしたどたどしく話し出した。
「この前、配信終わりにキャバクラさ行って、そこでセ☆バス☆チャンの話題になってな。んでもってお気に入りの娘がメリノが好きだって言うんで、つい、メリノの声ものまねができるって言っちまって……」
「……それで、披露したと」
「も、もづろん『似てる』と誉められはしたけんど、誰も本人だとは信じていねがった様子だったべ。この書き込んだ人だってきっと……」
「いやそれでも外でのセ☆バス☆チャンの話題はNGだすよ!」
「そうずら! オラたちがセ☆バス☆チャンだと少しも匂わせちゃならねぇ約束ずら!」
「うむ。いくら酒に酔っていたからといって軽率な行動じゃったな。動画まで撮られたのはマズかったのう」
三人から批難の声を浴びせられているうち、焦っていたゴリの表情は真顔に変わっていた。
「……だどもよ、おめらはこのままでいいんか?」
つぶらな瞳に浮かべた涙を彫りの深い顔に流し、ゴリは力強く言った。
「いぐらオナゴにワーキャー言われたところで所詮それはおれたちでねぐセ☆バス☆チャンに対しての声援だ。現実のオラたちはどうだ。未だに町を歩けば指を差されてクスクス笑われ、彼女もできず、キャバ嬢には冷たぐあしらわれる始末。いくらイケメンに成り済まそうが、おらたち自身はなーんも変わっちゃいねえんだ。少しは悔しくねえんか? 虚しく思わねえんだか!?」
ゴリの言葉に三人もまた、心の奥底にしまっていた感情が沸き上がる。
「……確かに、ゴリ氏の言う通りだす。セ☆バス☆チャンは、本当のおでらじゃないだす」
「わしらは所詮声だけの人間。声にしか価値が無いんじゃ……」
「おらも本当は、みんなを騙しているのがずっと心苦しかったずら。こんなの詐欺も同然ずら。いつまでも自分を偽ったままでいるのはイヤずら……」
いつまで経っても配信を始めず嘆いていると、おっさんが薄くなりつつある頭を撫でながら言った。
「皆々様方、どうじゃろう。ここいらでわしらの正体を明かすのは」
「ええっ、そんなことしたら確実に炎上してファンが離れていくずら」
「しかしいずれはバレることだす。誰かにリークされる前にこちらからバラす方が誠意を示せていいかもしれないだす」
「んだどもただバラすにしてもファンが納得するようなバラし方をする必要があんべ」
あれこれと意見が飛び交うも結論は出ないまま、とうとうセ☆バス☆チャンのライブイベントの日を迎えた。
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