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あともう少しだけ、君に触れていたかった。
あれからもうどれくらいの時間が経過したのだろう。あの時のあの君の笑顔は、まだ僕の心の中に刻み込まれている。
覚えているだろうか。一緒に花火を見ながらデートをした、国道沿いのビアガーデン。君が着ていた花柄の浴衣に僕は目が釘付けだった。
覚えているだろうか。真冬のスキー場で君が大転倒して、大きな雪煙を上げながら雪山に突っ込んだ事。
君はくったくない笑顔で微笑んで、その出来事を単なる笑い話に変えてしまった。君の笑顔は僕にとってまるで魔法のようだ。
君が為す事、全ては僕の人生の宝物だ。
君が僕の前から急に消え去って、もう半年が経過する。
君は今どこにいるのか。君の友人や家族を聞いて回ったけど、誰も知る者はいなかった。
何故、君は何も言わず、みんなの前からいなくなったのか。
あの時のあの笑顔にもう一度会いたい。
君を探し求めて街中を彷徨う。
僕は気の抜けた炭酸水みたいに、注いでも何も反応の無いボトル。
生きているのに、歩いているのに、地面の同じ場所に両足が繋がってしまったのではないかと錯覚するくらいに、ずっと同じ場所から動けずにいる。
何か僕には言えない理由で君は姿をくらましたのだろう。君の事だからけしてやましい事なんてしていない。必ず正しい理由があるはず。そうに違いない。
街は人もまばらだが。僕は君の姿に似た人影を見ると声をかけては、そっぽを向かれる事を繰り返す。
仕事は全く手につかない。上司から呼び出されて、ミスを咎める叱責。
どうだっていい。仕事なんてどうでもいい。君がいないこの世界に生きるくらいなら、叱責を苦に、自殺でもしてしまいたい。
柔らかい痛みが、胸に突き刺すような痛みをもたらし、それがあたかも旧知の友であるかのように居座って、ずっと僕の様子を眺め、そして嘲笑う。
不意にスマホのチャットに反応がある。
『ごめん。今東京についた。全然連絡とれなくなってゴメンね。ずっとスマホの電源切ってた。海外に住む友達(女友達)と、会う為に出かけてました。私、あなたの気持ちが正直重たすぎて、受け止めきれなくて、どうしていいかわかんなくなって。一度誰とも連絡とれない場所に行って一人で考えたかった。結論なんだけど、交際はOKなんだけど、結婚とかはやっぱりまだ重すぎて答えられないよ。これまでどおり友達の延長線上って言うなら、付き合ってもいいよ。』
ずっとそばにいる方法は、僕が考えてなんとかする。
今は、あともう少しだけ、君に触れていたい。
君の待つバス停に向かう。
(おわり)
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