落針

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落針

自由が丘は面白い町だ おしゃれで高級住宅街でスイーツな面を持つ一方、街はゴミゴミと入り組んでいて、飲み屋の喧騒と隣り合わせだ ソノミヤタツキはそんな自由が丘にある古着屋の店員で、入社3年目になる 好きなものは当然服、特に古着 好きなことは古着をリメイクすること 中学で目覚めてから、高校生の頃には都内の古着屋を網羅していた そのなかで、一番通った古着屋が、いま勤めている【トライアンフ】だ 個人経営だが、自由が丘の本店の他に、下北沢、西荻窪、吉祥寺に数店舗展開していて、有名ブランドとコラボしたりと、業界では有名だ その日は久しぶりに早番で、仕事終わりにぶらりと街を歩いた 新しくできたパン屋に行列を作る会社帰りの人々を横目に眺め、タツキは路地裏にある、間口は狭いが2階建ての手芸店に入った そこは、木目を基調としたカフェのような店作りで、1階にオリジナル生地、2階に輸入生地やアンティークボタンなどの小物が置かれている タツキは1階の奥にあるアイアンウッドの階段から2階に上がった いつもいる女性店員はいなかったが、タツキはまっすぐにボタンの棚に向かった 座り込んで一つ一つ吟味していると、ミシッとフロアが軋む音がして、「何かお探しですか?」と男性の声が聞こえた 振り向くと、男性店員がタツキと目線を合わせるようにしゃがんでいた 「いいボタンが入ってたら買っていこうかと」 タツキが言うと店員は立ち上がって 「それならこれとかはどうですか?お兄さんが着てる服に合いそう」 そう言って、上の棚から木製の丸いボタンを取り出した 「手彫りのリンゴの木のボタンです。無垢材だから暖かみあるでしょ」 「ほんとだ。かわいい」 「お兄さんの次の新作を楽しみにしてるからね」 「え?」 「それも」 店員がタツキのシャツを指差した 大きめのスタンドカラーのリネンのシャツの袖を切って7分袖にし、ボタンを付け替えたものだ 「お兄さん、上背もあるし手も長いから、ちょうどよい袖の長さの服を探すの大変そうですもんね。自分の体をよくわかってる」 【有馬】と書かれた名札をつけた店員は、タツキの腕を持ち上げると、「あれ?」と言った 「これって、手縫いですか?」 「あ、はい」 ファッションの専門学校に行っていたからといって、縫製の技術があるわけではない 趣味でしかも独学だ 「よく縫えていますけど、少しアラが目立つなあ‥」 有馬はそう言うと、店内に他に客がいないことを確認すると、「お時間少しありますか?」と聞いた
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