変の逃避行

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 緑川(みどりかわ)大地(だいち)は正義のヒーロー「カラフル戦隊イロレンジャー」のメンバー、イログリーンである。彼らは悪の組織「ブラックピラミッド軍」の野望を食い止めるため、毎週日曜、湾岸の遊歩道や郊外の採石場にて、年間通して懸命に戦っているのだ。 「キャーーッ! 助けてッ! お店が~ッ!」  遊歩道に並ぶ出店や移動販売車が、真っ黒なスーツ姿の、奇声を発する集団に襲われている。その光景を一段高い場所から眺めている、奇妙なドレスの厚化粧女がいた。 「ホーッホッホッホッ! どんどん壊すのよ、ゾーヒョーたちッ! ドーナッツにタピオカ、マカロンにマリトッツォ! 奴らが大好きな甘くて高カロリーの食べ物を無駄にすればっ、そうッ! この国の食料自給率はどんどん下がっていくッ! さすれば我々のっ、世界征服もまた一歩近付くッ! ブラックジェネラル様もお喜びになるわッ!」  しかし、その時だった。世間はそんなに狭いのか、ものの数分で現場に駆け付けた、七人の若者があったのである。 「ブラックピラミッドだッ! 行くぞみんなッ! 変身だッ!」  センターの青年が叫ぶや否や、七人は分厚いスマホのような物を出して掲げた。 「熱い友情守ってみせる! イロレッドッ!」 「クールな未来は僕らの手の中! イロブルー!」 「自由な地球をサクッと救う! イロイエローッ!」 「キラキラ輝く豊かな愛! イロオレンジッ!」 「緑の……」 と、イログリーンこと緑川大地が見栄を切ろうとしたところで、彼から見れば新参者に過ぎない、追加戦士の藍川希望(のぞみ)が、なんとフライングで切り出したのだ。 「希望の風がっ……。希望の風が我らを導くっ! イロインディゴッ!」  イロインディゴは申し訳なさそうに大地に向かって舌を出したものの、既にマスク姿なので伝わらない。大地は苛立ちを抑えながら、すぐに自分の見栄をやり直そうとする。 「緑の芽吹きが……」  しかしその時。インディゴの次だと待ち構えていた、もう一人の追加戦士、イロパープルこと筑紫信一郎が、事態に気付かず自分の口上を発したのである。 「紫電の光は我が信念ッ……! イロパープルッ!」  緑川大地は最早青い顔をしているが、最悪の事態だけは避けねばならない。彼は見栄を切るのを省略し、慌てて変身。なんとかチームの掛け声に追いついた。 「「みんなの力で悪に打ち勝つッ! カラフル戦隊イロレンジャーッ!」」  背後の爆発と共にポーズが決まり、ブラックピラミッド軍もそちらに気付く。女幹部は忌々しげに言った。 「おのれッ……! 現れたな、イロレンジャーッ!」  チームのリーダー、イロレッドこと赤木友広(ともひろ)が叫ぶ。 「悪事をやめるんだッ、グレーラスティッ!」 「そうよ! あなたたち悪人には、みんな大好きマリトッツォの美味しさが分からないのッ?」  イロオレンジこと(たちばな)愛が言った。 「えっ、その言い方はちょっと……。僕は別に好きじゃないし……」  イログリーンはそう言ったが、イロインディゴが甲高い声で被せた。 「若者の文化が分からないんでしょ、厚化粧のオバサンには! キャハハッ!」  グリーンはマスクの下で顔を引きつらせていたが、他のメンバー、イロブルーこと青山未来、イロイエローこと黄瀬由自(ゆうじ)、イロパープルこと筑紫信一郎が構わず言った。 「みんなの正義が僕らの正義です」 「それが分かんねー頭のおかしな連中は~ッ!」 「我々イロレンジャーが、一匹残らず根絶やしにしてくれるッ……!」  女幹部グレーラスティは怒り心頭。長くウェーブの掛かった黒髪を振り乱し、金切り声を上げた。 「よくもオバサンって言ったわねっ! 私はまだ二十代よっ! 今度こそ容赦しないわッ! 行けッ! 怪人ヘビーベヒモスッ!」
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