変の逃避行

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 三週間後の日曜だった。大地はその間、悶々とした日々を送り、就活も捗らず、クリスマスパーティーも上の空で参加し終えていた。敵の幹部は同じ相手が翌週も続けて出てくる事は少ない。それ故、大地がグレーラスティと相対するのは久しぶりだった。カウンセリングにも、あれ以来行かないようにしていたのだ。 「イロレンジャーめっ……! 今日こそッ……! 今日こそお前たちの息の根を止めてやるっ! ブラックジェネラル様もっ……、あの方もっ……! 今度こそ私を見直すはずだわっ! 行けッ! 改造ヘビーベヒモスッ!」  厚化粧の女幹部、グレーラスティが手を挙げると、黒い光と共に、二足歩行のカバのような怪人が現れた。イロレッドが仲間たちに言う。 「行くぞッ! みんなの力を合わせて、あのカバ野郎を……」  リーダーが言い終わるを待たず、イログリーンは我先にと飛び出し、怪人ではなく高みの見物の女幹部へと向かった。 「何っ……! 奇襲かいッ? 返り討ちにしてやるわッ!」  グレーラスティは杖で打ちかかる。大地はサーベルでそれを受け止め、間近で彼女の顔を観察する。 (やっぱりだ……! このグロテスクなまでの化粧を無視して見れば……! この人はっ、あのカウンセラーさんッ……! 化野清美さんだッ!) 「グッ……、清美さん……!」  突然の大地の言葉に、グレーラスティは目を見開く。 「なっ……、何っ? なんだお前はっ……! いったい何をほざいてるッ!」 「僕はっ……、緑川大地ですッ……! 前にカウンセリングを受けた……! あなたなんでしょうっ? カウンセラーの化野清美さんッ?」 「っ何をッ! どうかしてるっ……! ホホッ! チャンスだわッ! 暴走したメンバーを一人倒せば、イロレンジャーは瓦解していくッ!」 「残念ながらっ……、僕が抜けたって、チームに影響はほとんどないッ……! 今だって抜けたいくらいだッ! 話したでしょうッ? あなただって……、そうだッ! あなただって、あれは昔の話なんかじゃなく……! 今こうして、ブラックピラミッドの幹部をやってる事に、ホントは疑問を感じてるって事なんでしょうッ?」 「ウッ……! うううっ……! このッ! あなたにっ、何が分かるって言うのッ! もう時間はないッ! クリスマスも終わったんだよッ! そっちは馬鹿みたいに新型メカを出しまくって、オモチャはクリスマス商戦で売れまくった! 残るは子供らのお年玉を狙った在庫一掃セールのみ! それが終われば、戦いは終盤……! 私たち幹部は一人また一人と、あなたたちに倒されるか、あるいはブラックジェネラル様に粛清されるか、後から出てきたチャコールファンタズムに後ろから刺されるか、そのどれかだって決まってるんだからッ!」  鍔迫り合いをしていた緑川大地は、彼女のあまりの剣幕にのけぞった。距離が開くや否や、グレーラスティは谷の方を向いて怒鳴る。 「何をしてるのッ、ベヒモスッ! 巨大化しなさいッ! イロレンジャーを倒すチャンスよッ!」 「マズイぞっ……! グリーン戻れッ! 合体だッ!」  怪人が巨大化を始め、レッドたちはわめき立てたが、大地はむしろ隙を突いてグレーラスティの腕を掴む。 「清美さんッ! もうやめるんだッ! 悪事をやめて、普通の生活を送るんだッ! あなたは優しいし……、素顔のあなたはっ、とても美しい……! きっとやり直せるッ!」 「……フッ! まさかっ……! 分かってないッ! ブラックピラミッドが、裏切り者を許すと思うのッ?」 「うっ……。ならっ……、そうだっ! 僕たちと一緒にいればいいっ! 基地なら安全だし、あなたがいてくれたら僕も……、いやえっとそのっ……、奴らの弱点も分かるしっ! みんなだって、心を入れ替えれば認めてくれるよっ! 僕らと一緒に戦おうッ!」  しかし、清美は一瞬ためらったかと思うと、顔をしかめてこう言った。 「それは……。あなたはそれで、上手くいくと思うの……? だって、あなたは言っていたじゃない……。あそこは自分の居場所じゃないって。彼らの正義を信じき切れない、って……。今なら分かる。私は洗脳されていたの。ブラックピラミッドは悪だと思う。けど……、今の私も、あなたと同じように感じると思う……。彼らの全体主義には肩入れできないし、『みんなの空気』に馴染める自信もない……」 「なら……。ならっ! この際、僕がっ……!」  大地は自分が敵軍に入って清美の右腕として戦う、と言いかけて、流石に思い留まった。入ったところで自分のパワーは植物を操るだけだし、マシンはランドクルーザーだ。大した力にはなれない。イロレンジャーは強い。奴らに逆転勝ちできる自信はない。 「は、ははっ……。えっと、僕は何を言おうとしたんだろうね……。いったい何が言いたいのか……。ははっ……。いったい僕はどうすればいいんだろうね? 何がしたいんだろう。いやっ、こんな僕に、いったい何ができるんだか。はは……」  緑川大地はマスクの下で、思わず涙ぐんだ。清美にはそれが分かったのか、彼女は切なそうに顔をしかめると、大地の手を取り、静かにこう言った。
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