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神様から何かひとつ特殊能力を授けられるのならば、何を望むだろうか。
鬼嶋雅史(きじま まさし)は『誰にでも変身できる』能力者だ。
その能力を活かし定職に就かず、詐欺や強盗で金を稼ぎ、犯していない罪は殺人だけという大悪人の肩書きを持つが、ひとつの犯罪ごとに姿形を赤の他人に変身して実行しているため、鬼嶋自身は一度も逮捕どころか容疑者リストに名前すら挙がったことがない。
しかし鬼嶋はかつてない窮地に陥ってしまった。
きっかけはただの物取り強盗だ。計画は人通りの少ない路地裏にある単身者向けアパートの一室に侵入し、金目のものをいただく。鬼嶋は近所の飲食店のポスティングに変身し、さりげなく侵入を試みた。
が、背後に現れた人物が鬼嶋の人生を変えることになる。
「あんた、鬼嶋雅史だね」
突然名を呼ばれ、鬼嶋は振り返る。そこにはひとりの老婆が立っていた。出刃包丁を構えて。
「人違いですよ、おばあちゃん。僕はキムラです。キムラマサシ。鬼嶋さんに何か用でも?」
鬼嶋はすらすらと嘘を並べて、この場を切り抜けようとした。だが侮っていた。今までの人生がうまくいきすぎて、自分以外の人間にも特殊能力が授けられているという考えに至らなかったのだ。
「あたしゃ『視える』んだよ。『嘘偽りを見破る』能力。あんた、あたしみたいな能力者に出会ったことがないのかい?」
「……で? ああそうだ。俺は鬼嶋雅史。だからなんだクソババア。嘘を見抜いたところであんたに何ができる。その包丁で俺を刺そうってか? そもそもあんたは俺に何か用があるのか?」
「あたしはずっと探していた。鬼嶋雅史。あたしはあんたが変身したせいで逮捕された男の祖母だよ。おまえは名前も覚えちゃいないだろうがね。身の程知らずなクソ野郎。あたしはあんたをここでどうこうするつもりはない。だけど、ずっと『視てる』からな。あたしが死ぬまで、ずっと──」
「うるせえ」
鬼嶋は初めて人を殺した。突きつけられていた包丁を奪い取り、老婆の胸に突き、その後滅多刺しにした。
鬼嶋の罪がまたひとつ増えたが、追われるのは変身した相手のポスティング男だ。
「……身の程知らずなクソ野郎、か」
鬼嶋はアパートの監視カメラに向けて中指を立てる。
「それはあんたのことだよ、クソババア」
◇
その後鬼嶋は自宅のテレビで老婆殺害の容疑でポスティング男が逮捕されたニュースを観た。
鬼嶋雅史の顔を知る者は、誰もいない。
了
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