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すがすがしい秋晴れの広がる日曜日の午後。
半ばやけになって、言われた通りウィッグを着け、薄手のカーディガンにフレアスカートを着て、待ち合わせ場所に着いたところで遠野先輩にメッセージを送る。
『駅に着きました』
『時計の下で待ってる。黒のジャケットに黒のパンツ。真っ黒コーデなのが私』
『了解です』と返信を入れてから疑問を抱く。
先輩の顔は知っているのだから、コーディネートまで教えてくれることもないのに。
その理由はこの駅のシンボルである時計塔の近くまで来て、ようやくわかった。
そこにはとびきりのイケメンがいた。
先輩の面影を微かに残した、イケメンが。
パンツのポケットに左手を突っ込み、右手でスマホを見ている。
通りすがる女性は彼をちらちらと見ている。それほどまでに目立つのだ。
思わず硬直していると、後ろから肩を叩かれた。
そこにいたのは俺の知っている先輩……ではなかった。
見知らぬチャラい男二人組。茶髪と黒髪。
「おねーさん、予定ある?遊ばない?」
茶髪のほうが声をかけてきた。
ナンパだ。この格好をしていると稀にある。
面倒だからと無視して時計塔のほうまで行こうとするが、二人が行く手を阻む。
今度は黒髪のほうが口を開いた。
「そんなに急がないでさ。俺たちと遊ぼうよ。楽しいよ?」
ああ、まったく。面倒くさい。
男たちを睨みつけて口を開きかけた時、
「ここにいたんだ。見つかってよかった」
さっきのイケメンが、こちらに声をかけてきた。
俺もナンパ男たちも、ぽかんと彼を見る。
「彼女に、何か用?」
イケメンが俺をかばうように前に出ると、男たちは目に見えてうろたえ、茶髪のほうが口を開いた。
「あ、彼氏さん?そっか……それじゃ!」
そう言ってナンパたちは踵を返し、人ごみに消えていった。
「テンプレみたいな展開だね。この前とは逆の立場で。でもこういうの、やってみたかったんだ。というかナンパ、多くない?」
「……あの、遠野先輩、ですか?」
俺は固まっていた口をどうにか動かしてイケメンに聞く。
「うん、ぼくは遠野沙月だよ。御堂くん」
そう言ってほほ笑む先輩に、俺は心の中でひゅうと口笛を鳴らす。
格好良い。
というか。
「背、高くないっすか」
低めのヒールを履いた俺と同じくらいか、少し高く見える。
先輩はブーツに視線を落とし、
「シークレットブーツだよ」
と言った。
なるほど。俺も小柄なほうだから、お世話になるかもしれない。
「そうだ、名前は?そのまま『御堂くん』って呼んでいい?」
「あー……それじゃあ、『みちる』で」
「みちる……ちゃん?」
「みちる、でお願いします」
ちゃん付けはさすがに照れ臭い。首筋をさする俺を見て、先輩はふっと笑った。
「わかった。よろしくね、みちる」
その表情は、あまりにもまぶしくて。思わず惚れそうになる。
小声で「はい」と返事を返すのが精一杯だった。
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