孤独と秘め事

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「みちるは、どこか行きたいところある?」 「喫茶店に行きたいんですけど、おなか、空いてます?」 「うん。ちょうど何か食べたいなって思っていたところ」 「よかった」と言って、俺はスマホの地図を頼りに歩き始めた。 大通りを五分ほど歩いて、路地に入ったところにあるこぢんまりとした喫茶店。 事前にネットで景観を確認していなかったら、小さな看板すら見落としていただろう。 「ここ?」と先輩が確認するので頷くと、先輩は喫茶店の扉を開いた。 カランとドアベルが鳴る。 店内の照明は落ち着いていて、アンティークな雰囲気だ。 いくつか空席があり、店員が「お好きな席へどうぞ」と声をかける。 俺たちは奥のほうの席に座った。 さっとメニューに目を通していると、先ほどの店員が注文を取りに来た。 「ホットケーキとダージリンで」 「ぼくはオムライスとアールグレイを」 注文を書き留めると、「少々お待ちください」と店員はキッチンへと向かっていった。 しばらくして、頼んだものが運ばれてきた。 ふわふわに焼きあがったホットケーキ。溶けるバターにシロップをかける。 「いただきます」とオムライスを食べ始める先輩に俺は言う。 「先輩、ここはこのホットケーキが名物なんですよ」 「ぼくは喫茶店のオムライスが好きなんだ」 微妙にずれている答えに、俺はふふと笑みをこぼす。 食事が終わったところで、俺はずっと気になっていたことを聞いてみる。 どうして。 「どうして先輩は、男装をしているんですか?……どうして、俺を誘ったんですか?」 先輩はカチャリとティーカップをソーサに置く。 それからじっと、俺を見つめた。 俺はそのまっすぐな瞳を受け止めきれなくて、自分のティーカップに視線を落とした。 水面に映る「みちる」と目が合う。 やがて先輩は口を開き、 「みちるは……御堂くんは、その恰好をして街を歩くだけで満足?」 と小声で問う。 俺が答えに窮していると、先輩は続ける。 「私は男装をすることで違う自分になれたと満足した。全くの別人になれたみたいで、嬉しかった。同時に、誰かに見てほしいって思ってた。気付いてほしいと。でも友達に打ち明けて、受け入れてもらえるか不安だったの。距離を置かれるんじゃないかって」 先輩は一旦言葉を切ってうつむき、ため息をつく。 「その穴だけは埋まらなかったの。でも御堂くん、あなたならきっと共有できると思った。共感してくれると思った。……だから、誘ってみたの」 そしてもう一度こちらを見る。 すがるような目。微かに、助けを求めるような目。 先輩の気持ちは痛いほどわかる。 コスプレをしてそのキャラクターになりきるように、俺は女装することで俺じゃない「俺」になれた。 自分からの、解放。 そして付きまとう孤独と秘め事。 俺もこの趣味は、誰とも共有できないと思っていた。 今日、男装をしてきた先輩は大きな賭けをしたのだろう。 俺は先輩の瞳を見つめる。 「遠野先輩、またこうして、お茶をしませんか?」 気が付けばそんなことを口にしていた。我ながらくさいセリフだ。 でも先輩は微笑んで、 「うん」 と頷いてくれた。
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