孤独と秘め事

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通りすがりにナンパされている女性に見覚えがあって、俺は振り返った。 日曜日。多くの人が行きかう駅前。 その人ごみの中で迷惑そうに顔をしかめているショートヘアの女性。 やっぱりそうだ。 同じ心理学の講義をとっている、おそらくは、先輩。 話したことはないけれど、いつも教室の隅の、俺がよく座る席の前列にいる。 それだけの関係だ。同じ大学に通っているというだけの。 だから助ける理由なんてない……はずなのだが。 女性は明らかに困っていた。適当にあしらってはいるが、男はしつこく言い寄っている。 助けようか、気付かないふりをして去ろうか逡巡していると、女性がこちらを見た。視線が合う。 俺は意を決し、 「あの」 と女性とナンパの間に入るようにして声をかける。 男はこちらに気付くと一瞬戸惑いを見せたが、すぐにまた胡散臭い笑みを浮かべた。 「なに、君。かわいいね。一緒に遊ぶ?」 「俺でよければ、どうぞ」 声にどすを聞かせて、男を睨むようにして言う。 すると男は驚いた顔をして、 「なんだ、男かよ」 と舌打ちをしてあっさりと去っていった。 男の反応も当然だろう。 俺は今、リボンブラウスにロングスカート、軽くウェーブをかけたセミロングのウィッグを着けている。 いわゆる女装をしている状態だ。 女性のほうも呆気にとられてこちらを見ていたが、思い出したかのように口を開く。 「あの、ありがとうございます」 「いえ……大したことじゃないんで。俺はこれで」 「待って」と引き留める声が聞こえたが、気付かないふりをして足早にその場を離れる。 バレることはないはずだが、それでも何となく気まずい。 そのまま駅の構内に入って、後ろをそっと振り返る。 女性の姿はない。俺はほっと胸をなでおろし、改札をくぐった。
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