竜とマッチ売りの少女

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少女が小首を傾げた。 「じゃあどうして礼拝堂広場に来たの?」 「迷ったんだ。できればこんなところ来たくなかったよ」 真横から暗い影が差したのはその時だった。 鉄と火薬と油の匂い。同時に、仲間の血の匂いもよみがえる。忘れたくても忘れられない匂い。 「お前、今、教会にたてついたか?」 教会の兵服に身を包んだ細目の男が、ぼくに笑いかけてきた。面倒くさいのに目をつけられた。 「いいえ」 「本当か? さっき不穏な言葉が聞こえたが」 どこがだよ、と心の中で反論する。ぼくの行き先を決めるのはぼくの自由だ。誰かに強制されたくない。 教会兵がひけらかすように銃を担ぎ直した。つらい匂いが迫って来て、息苦しい。咄嗟にマッチ売りの少女を引き寄せた。少女は抵抗しなかった。 「彼女に案内を頼んでいたところです。何せ迷ったものですから」 「こんなところに来たくなかった、と聞こえたと言ったんだ」 ああ、これは、自分の聞きたい言葉しか聞かないやつだな、と半ばあきらめかけた時だった。涼やかな声が割って入ってきた。 「本当よ。旅人さんは教会へ喜捨(きしゃ)をしにきたのに道に迷ってしまったの。礼拝堂に窓口はないと勘違いしていたから、ここへは来たくなかったって言っただけ」 教会兵がじろっと少女を見遣る。かなり苦しい言い訳だ。 とはいえ、少女が作り出した隙に、ぼくは覚悟を決めた。マントを着ている今なら誤魔化せる。 服の奥に手を突っ込む。変身を一部だけ解除する。息を止める。勢いよく、自分の肌から(うろこ)を剥ぎ取った。 きらきらとした鱗を教会兵に見せる。 頭上の輝きに、少女が、ぎょっとした顔になった。 「父の形見です。職人へ降ろす前と言っていました。どうせならブロディーナ教会の本山へ喜捨しようかと」 「おお、これは素晴らしい」 教会兵が喜んでいる。 体は痛くない。 でも。 「吾輩が責任を持って届け出てやろう」 「おそれいります」 鱗を渡す。 少女がぼくの手を軽く握ってきた。目が合う。ついてきて、と無言で合図を送られたような気がした。 今度はこっちに捕まった。でも、仕方がない。 教会兵の視線をあとに、ぼくらは広場をあとにした。
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