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「旅人さん、何考えてんのよ!? 銅貨の一枚や二枚で上等だったのに!」
「ええ、喜捨でしょ? 小銭はちょっと……」
「あんたは貴族の坊ちゃんか!?? 例え銅貨でも喜捨は喜捨! 建前上、向こうは文句言えないんだから!」
「でもさー、変な難癖つけられるよりか、ある程度の額を渡してさっさと解放されたほうがいいかなーって」
「だとしてもよ!」
手を引かれて入った路地裏は沢山の洗濯物が吊るされていた。辺り一帯、ややすえた匂いがする。いわゆるスラム街だった。つめたいひかりと影に染まった建物の頭上には、晴れ晴れとした空がひろがっている。
細い十字路に差し掛かったところで、少女が足を止めた。
勢いよく振り向かれる。
目の端に、微かに涙が浮かんでいた。
「竜の鱗は旅のお守りにもなるのでしょう? お父さんだって、きっと旅人さんの安全を願ったはずよ。どうして簡単に手放すの」
「え、どうしよう。何かめっちゃ悪いことした気分……」
「したのよ!」
少女がぷりぷりと頬を膨らませている。
前門の虎・後門の狼とはこのことか、とやさぐれていた気持ちが癒えていった。可愛らしい狼もいたものだ。
「よかったら、きみもいる?」
「え?」
「だって、お金が欲しくて、ぼくに声をかけたんでしょう?」
誤解に対するお詫びのつもりでもあった。助けてくれたお礼の意味もあった。案内料のつもりでもあった。
でも、それ以前に、ずっと人に奪われてきた。
もう一枚剥ぐくらい訳ない。
ふるふると肩をふるわせた少女が、きっと面を上げた。
「この、お人よし!」
「お人よしはどっちだよ」
「旅人さんに決まってるでしょうがあああ!」
どうしよう。すれ違いが止まらない。
別に何でもないんだよ、と言いかけて、急に眩暈を覚えた。そりゃ眩暈の一つや二つするよな、と思いつつ、程よい言い訳を考える。
しかし、眩暈は中々おさまらない。
おかしいな、と思った瞬間だった。
急に体が傾いだ。地面に倒れる。ぼくを思うままに罵倒していた少女が、別の意味で騒がしくなった。
「ええええ私の悪口がそんなに効いた!?」
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