竜とマッチ売りの少女

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ぼくが道に迷っていると、背後から、凛とした声が聞こえた。 「旅人さん、マッチはいりませんか?」 振り返る。声の主は少女だった。粗末なヘッドドレスに、黒いエプロンドレス。固そうな木靴。茶色い編籠から取り出したマッチを持つ、あかぎれの手。可愛らしく微笑む口元の息は白い。 ダプタ国ブロディーナ礼拝堂前の広場は、大勢の人で賑わっていた。ロングコートに杖をつく紳士、毛皮の外套を着込んだ華奢なブーツの女性、ふかふかしたイヤーマフの子供たち。 皆、朝の礼拝を終えたばかりだろう。ぼくのようなリュック越しにマントを羽織った姿の旅人は、いない。 視界の隅で、何かが鋭くひかりを跳ねた。黒光りする鉄の細い筒は、教会兵(きょうかいへい)が持つ長銃(ちょうじゅう)だった。 「こちらは普通のマッチです、良く燃えます。こっちは炎の色が変わる特別なマッチ。煙の出ないマッチをお望みでしたら……」 「待った、ちょっと待った」 少女は商魂たくましかった。 ぼくが一歩下がる。少女が一歩踏み出す。また下がる。ずんずん後ろに下がっていった先、背負ったリュックごと何かにぶつかった。 振り返る。 固い感触は、立派な台座の石像だった。竜の爪、牙、鱗、翼を意気揚々と掲げた石像の教会兵たちが石像の竜を踏みつけている。『竜に捨てるところなし!』と記載されたプレート。 冷たい石の匂いが鼻をつく。 「竜は好き?」 へその高さから伸びあがるように聞こえてきた声に、視線を戻した。凍てつく朝のひかりに洗われた鳶色の目に話しかける。 「さあ、どうだろう」 「……へんなの。ちなみに竜をおびき寄せる効果のあるマッチはこちらになります。竜から身を守る効果のあるマッチはこちら」 「ぼくは教会兵志望じゃないよ。聖夜祭(せいやさい)にも興味はない」 教会兵になれば銃の携帯が許可される。昔、人に向いていたとされる銃口は、今では、殆どが竜に向けられていた。 もうすぐ聖夜祭だ。礼拝堂前の広場は、教会兵が狩ってきた竜の肉を食べる人の群れでごった返すだろう。 今まさに頭数を欲している教会は、旅人であっても、腕が良ければ臨時兵に採用している。 ──人が竜を狩るようになったのは、竜の力が弱まったからだ。 今や、竜はとても用心深くなった。人目につかない山奥で暮らすか、逆に、ぼくのように人に化けて暮らすかしている。
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