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ビン底どん底はるか底
***
私の憧れ通行人D。
なかなか出番のない通行人D。
むしろ、モブとして一括りにされて通行人Dと呼び名がある方が珍しいほどレアな存在・通行人D。
でもって、せっかく出番があったとしてもやっぱり目立つことなどあり得ない通行人D。
だけど、姿が見えなければ世界観に無駄が生じてしまう必須の存在・通行人D。
一瞬で替えが効きそうな存在に見えて、誰よりも周囲に溶け込んでいる通行人Dこそ、私が狂おしいほど目標にしている人物像。
……だった、はずなんだけど。
「土井(どい)さん、宿題見せてー!」
「……いいけど」
「はるかちゃん、はるかちゃん! これ、はるかちゃんの好きなキャラでしょ? ペットボトルのオマケに付いてたからあげるね!」
「あ、ありがと……」
びん底メガネも用意した!
積極的に話すこともなかった!
周りと関わることなく済むように、勉強の遅れがないよう努力もしている!!
……にも関わらず、どうして!!!!?
「ひっきりなしに声が掛かるのーっ!!」
高校進学を機に一念発起。
誰ひとり知り合いのいない学校でひっそり過ごしたいと願っていたはずなのに……! 入学してひと月も経てば、中学校と変わらない日常にシフトしつつある。そんな現状を双子のはるきにボヤきまくる。
「せっかく双子として目立たず、憧れの通行人Dになれると思ったのにー!!」
「えー、そりゃあ。無理だろ。はるかは生まれながらの姉気質だからなあ」
「……姉、気質?」
テレビに視線を向けたままポテチを食べ続けるはるきの妙な言い回しが気になり水をむける。
「そっ、元々はるかが地味に過ごすことを良しとする根暗な子だってのは知ってるけどさ。如何せん十五年弟の世話をやきまくった習性が染み付いてるって言うか」
「何が言いたいのよ、はるき」
私の苛立つ声色に反応して、はるきが目線をこちらに向ける。
そして、ため息を吐きながら残念そうに言い始める。
「そもそも、はるかはしっかりしすぎてる」
「え?」
「制服、着崩してない。遅刻、しない。課題、前倒し提出。何より」
指を折りつつ、はるきが丁寧に列挙していく言葉を固唾を呑んで聞いていく。
「何より……?」
「頼られると、NOと言えない」
「!! 確かに!」
悔しいけれど、はるきの言う通りだ。
え、えええ。ということは……。
「え、何。じゃあ、私びん底メガネでダサさを演出しても無意味だったってこと!?」
「まあ、はるかの場合だと無意味だろうな。てか、はるかの場合は容姿という尺度での評価はなきに等しいだろうから」
「なにそれ……。じゃあ、どうして、はるき。今まで忠告してくれなかったのよ……」
はるきと違う高校に進学すると宣言した時には通行人D計画も一緒に話していたはず。ならば、どうして片手落ちとも言える杜撰な計画に物申してくれなかったのだろうか。
「え、だってさ。はるかの逆高校デビューもまた青春の醍醐味かと思って」
「えええー。狙った効果がないなら、ただの変身損だよー」
リビングでがっくりと項垂れる私に向けて、はるきはケラケラと笑い続ける。
「いやいや、そんなことはないと思うけどなあ」
「どういう意味よ?」
私には気付かなかった計画をはるきは見通していた。
その事実に打ちのめされた私の返事は、実にぶっきらぼうな響きをしている。
「双子である事実も、見てくれも。はるかが目立つ要素ではない事実を痛感できただろ?」
「……」
確かにはるきは目立つことを好む陽気なキャラだ。
そんなはるきの片割れである限り、私の望む生き方は無理だと思っていた。
だけど、はるきの言う通り、双子であることの有無は無関係だった。それどころか、容姿さえも無関係だった。
「……はるき」
「ん?」
「あんた、悪趣味すぎ」
私自身が身を持って体感すれば、双子であることを理由に挙げることは一生出来ない。それを狙って、黙って別々の高校への進学を後押ししてくれたのなら……この上ない策士だ。
「ははは、いいじゃん。俺たち、一生双子である事実は変えられないんだからさ」
私の逆高校デビューという名の変身は、失敗に終わった。
いや、長い目で見れば成功だったのか……。
遥か底にあるどん底をずっと彷徨っていた気持ちを吹っ切るキッカケを掴んだのだから。
【Fin.】
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