2人が本棚に入れています
本棚に追加
香田さんがセーフティーバントした直後。次打者の僕は初球を思いっきり叩いた。読み通り、高めのストレートだった。
高々と上がった打球は、風にも乗ってよく伸びてくれた。打った瞬間から打球の行方を確信して、僕はゆっくりと走り出す。前方に視線をやれば、小さな身体で小躍りする香田さんの姿が目に入った。
レフトスタンド中段に飛び込む、第10号2ランホームラン。高卒2年目の僕が、5月で二ケタ本塁打。間違いなく香田さんのおかげだった。香田さんが塁に出てくれるから、相手は盗塁を警戒して速球中心の組み立てになる。僕はのびのびとバットを振るだけでいい。
大歓声を聴きながら、僕はちょっとだけ急いでベースを一周する。まだホームランの余韻に浸っていいバッターじゃないというのもあるけど、前を走る香田さんと一刻も早く喜びを分かち合いたいという気持ちが強かった。
三塁ベースを回ると、先にホームインした香田さんがブンブン両手を振っているのが見えた。ついつい嬉しくなって、さらに早足で本塁へ向かう。
ホームインを果たすと、香田さんは僕の背中をバシバシと叩いて出迎えてくれた。香田さんの手は小さいけれど、大きい。僕にとっては誰よりも大きくて温かい手だ。
「それでええ。誰も捕れんところに打てばええんや。お前はお前の道を行きや」
香田さんは白い歯をニイッと僕に見せてくれた。香田さんに褒められると、僕はいつも泣きそうになってしまう。カクテル光線に照らされる香田さんは本当にカッコいい。カッコいい香田さんに褒められて、嬉しくないわけがないんだ。
僕もたぶん笑えていたと思う。でも、香田さんみたいにカッコよくはないだろう。
まだまだ僕は追いかけていたい。先陣を切って走り続ける、香田さんの背中を――。
最初のコメントを投稿しよう!