スラッシュ遺伝子

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「……あれはなんだったんだよ」  ピンクモンスター騒動が収まった翌朝の教室。光己の最初のセリフも同じだし、目の前にいる人物も古谷で変わりなかった。 「説明が遅くなってしまったことは申し訳なく思っております」 「そうじゃねぇよ。ピンク色の変なバケモンになっちまった俺が、お前に触れることで光を発しただろ?」 「ええ。他に類を見ないほどの強い光でした」 「あの光が出たら、もっとでかい変身ヒーローか化物になると思うじゃねぇか。それがなんで、三人とも元の姿に戻っちまったんだよ」 「……また要領を得ない説明になるかもしれませんが、構いませんか?」  光己はこれ以上何も言わない。言うだけ話が長くなってしまうからだ。古谷は肩をすくめてから話し始める。 「変身をする直前に、遺伝子ノックアウトの注射をしたのですよ。そうすることで、薬の効果は変身後の姿に影響を与える」  つまり、三人のスラッシュ遺伝子は全て無効化されてしまったということだ。 「あんなに簡単にスラッシュ遺伝子を手放してよかったのかよ。ずいぶん特殊なんだろ?」  古谷はさらに申し訳なさそうな表情になった。 「実は、あなたのスラッシュ遺伝子はもともとノックアウトする計画だったんです」 「は? なんで?」 「小早川さんが普通の人間に戻れた理由がそれです。スラッシュ遺伝子は他の遺伝子を書き換える能力がある。つまり、あなたが小早川さんとピンクモンスターになったことによって、敵組織に植え付けられた遺伝子を書き換えることができたのです」  だんだん話が難しくなってきた。しかし、言いたいことはぼんやりとわかる。 「つまり、俺は誰かの遺伝子の異常を治すために使う予定だったってことか?」 「そうです。だから、敵組織の人間を見つけた後に、その人間と関係を深めてもらった後に、遺伝子ノックアウトの注射をして、変身していただくつもりでした」  だが、相手の行動が思ったより早かったせいで、やむなく古谷が自ら注射を打ったということか。 「よくわかんねぇけど。いろいろ考えた結果なんだな」 「そう評価していただけるとありがたいですね。普通の人間になった僕も、引き続き組織の人間として職務を全うしていこうと思っています」  古谷が今後どのように人生を送っていこうが、光己の知ったことではない。それよりも気になることがある。 「俺の願いを叶えるだとか言ったのはどうなったんだ? 俺はお前に願望を語ったことはないぞ」 「充実した学生生活が送りたいのでしょう? 簡単な願いですが、人間に戻らなくては叶いませんからね」  騙されたのか? まぁ、あんな状況で交わした約束なんて、どう考えても履行義務はないだろうから良しとするか。 「充実しなかったらお前のせいだからな。先に彼女を作りやがったら爆殺してやるから覚悟しとけ」  そこで古谷はなぜか他所を向いてから意味深にほほえんだ。 「その心配はないですよ。僕はまだ忙しいですし、あなたのそばには春が訪れつつあるようですから」  そう言って自分の席に戻っていった。光己は古谷が向いていた方を見てみた。  小早川と目が合った。小早川はハッした表情になり、急いで前を向いた。  小早川は昨日まで悪の組織の一員だった。しかし、これからは一般人としての人生を歩んでいく。  赤くなった小早川の耳をじっと見る。あれが春だろうか。どちらかといえば、秋の紅葉のように思えるのだけれど。  人々の細胞は少しずつ生まれ変わっている。決して劇的ではないけれど、変化を続けている。これを変身と呼ぶのは、いささか言葉が過ぎるだろうか。   了
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