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困っている女の子を助けるのは、男でなくても人として当然の行いだ。
平凡な人生を送ってきた高校一年生の糸田光己においても例外ではなかった。
どこからともなく「助けて!」と悲痛な叫びが聞こえて来れば、脊椎反射レベルの素早さで声の聞こえる方へ駆け出していく。そして、頭を抱えてしゃがみこんでいる女の子を襲おうとしている何者かがいれば、その間に割って入り仲裁する。
ここまで頭で考えず背骨のあたりで考えていたため、しゃがみこんでいる女の子が今日転校してきた小早川であることは分かったのだが、肝心の襲ってきている何者か把握できなかった。どうせ無粋な男なのだろうと高をくくっていたのも原因一つだろう。
そして、相対している今も、目の前の存在が何者なのか理解することができない。
光己の十五年という短い期間ではあるが、その中で出会った人類の誰よりも大きい。裸の上半身は血が浮き出したかのように赤く、二の腕は光己の胴回りよりも太い。犬歯ではなく牙がむき出しになっており、額にはサイのような角が生えている。
本能的に殺されると感じた。
事ここに至るまで、光己の脳みそはまだ動いていなかったが、ようやく物を考え始めた。
ああ……まだ彼女も作ったこともないのに……運命というやつは、まだ花を咲かす前の蕾まで摘み取ってしまうのか……。
こんなことなら、誰にも気を使わず奔放に生きていればよかった。
こんなつまらない人生でも、今際の際に彼女を助けて咲かせた花びら散らすなら本望か。
まるで歌舞伎役者にでもなったような心持ちになりかけたが、いやいやまだ早い。
小早川を助けて、男らしいところを見せつけて、人生初の春を謳歌するまでは死ねない。
「古谷! 助けてくれ!」
男らしいところを見つけると言っても、死んでしまっては元も子もない。こんな化物には焼け石に水かもしれないが、二人のほうが勝率が上がる。
一緒に下校しようとしていたクラスメイトはすぐそばにいた。急に駆け出した光己を追いかけてきたようだ。
古谷は驚いているというより、何か迷っているような表情をしている。しかし、それも一瞬。何かを決断し、引き締まった顔になった。
古谷は光己の手を取った。
「スラッシュ……と言ってください」
こんな緊迫した状況で意味のわからないことを要求され、光己は当惑する。スラッシュとは一体何だったか、重要な単語だっただろうか。なんの心当たりもないまま、その単語を言った。
「「スラッシュ!」」
光己と古谷のユニゾンが響いたとき、二人は強い光を発した。まるで恒星のような自発的な光は一人の男を象りながら収束した。
マントをなびかせる、ヒーロースーツをまとった精悍な男は、化物に向かって拳を繰り出した。
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