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(あやめ、なんか落ち着かないみたいね。
ああ、だからあんなに急いでここに来たのか)
あやめはあたしに勧められたパイプ椅子に姿勢良く腰を下ろしてる。だけど、なんだかそわそわと落ち着かない様子。彼女が何をそんなに急いでいたかに心当たりはある。だけど、あえて気が付かないふりをして、あたしは帰り支度に専念していた。
「あのね透子、いつものあれ、今日お願いして大丈夫かしら」
あたしの放置プレイに我慢できなかったのか、遠慮がちにあたしの顔色を伺ってくるあやめ。常にきっちりはっきりの彼女が「いつものあれ」だなんて、やけに曖昧な言葉。でもあたしたちの間ではそれで充分だった。あやめがあたしにお願いしてくることなんて一つしかない。
あたしは四つ目綴じの和装本を資料棚にしまって、あやめに向き直った。思わせぶりに絆創膏が貼られた指先を唇に当てて首をかしげる。
「んー? あやめ、ちょっと今回、ペース早くない?」
「そ、そんなことない、と思う」
バツが悪そうに顔を背けるあやめ。あたしはあやめにお願いされて度々あることをしている。それは彼女にとって大事なことなんだけど、頻度が高いのもすこし問題があった。スマホのスケジュールアプリを起動して前回の日付を確認する。
「うん、やっぱりちょっと早いよ。
まだ我慢したほうがいいんじゃない?」
「うぅ、そうなんだけど。今日は特に朱がきつくて……」
あやめはそう言って、西日の差す窓から視線をそむけた。部室に差し込んでくる夕日の色、たしかに今日はやけに濃いかも。窓に目を向けて夕日の色を見たあたしは納得してしまった。
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